今回は、疾病のリスク予測技術開発に携わる近藤さんが、「ゼロを1にする」研究の面白さや、プライベートで楽しむ家庭菜園やワインから得た気づきを語ります。

近藤 洋史
研究開発グループ Sustainability Innovation R&D ヘルスケアイノベーションセンタ デジタルヘルスケア研究部
2010年日立製作所入社。入社以来、ヘルスケアITの研究に従事し、生活習慣病のリスク予測を行うRiskSimulatorを開発・事業化し健康保険組合や自治体、生命保険会社等に導入。現在は、大規模言語モデルや新たな予測技術の研究開発と、データサイエンティストとして顧客との協創活動にも取り組んでいる。
知らないことにワクワクする
健診結果などのヘルスケアに関するデータをもとに、将来の生活習慣病リスクや医療費を予測する技術の研究開発に携わっています。
所属する研究部は、ヘルスケアや統計といった分野を専門にしていますが、もともと大学で専攻していたわけではなく、ほとんどゼロからの学びでした。最初は何もできず、焦りもありましたが、考えてみればゼロからであれば失うものは何もありません。「この1年でどこまで行けるか」みたいなチャレンジに惹かれるタイプなので、新しい知識の習得にワクワクしました。
ある保険会社さんとの共同研究を始めた20代の頃、共同研究先に「分析のスペシャリスト」としていきなり送り込まれてしまいました。でも、当時はまだ民間の保険の仕組みすらよく理解できていない状態でした。保険の約款を読むことから始め、アクチュアリー(保険料率計算などを行う数理専門職)向けの教科書を読んだりと、とにかくキャッチアップして、早く役に立てるよう努めました。
不思議なもので、背景知識が付いてくると点と点が繋がるようにして課題が見えるようになり、どんな分析方法を使えばよいか、どんなグラフを見せれば理解が得られるだろうか、など「打ち手」が浮かび、ワクワクしていきました。当時の執務環境は、スタンドアロンの分析用PCがあるのみで携帯電話も持ち込み禁止でした。会社から隔離された環境で作業に没頭できる(するしかない)状況だったのも良かったかもしれません(笑)。
ゼロから始められる場所にいたい
今までにやったことのない「新しいこと」をするのが好きで、コロナ禍のときに農園を借りて農業体験をしました。まずは鍬(くわ)を使って耕す重労働から、マルチングといって雑草抑制や水分保持のためのビニルシートを張り、種を蒔いたら、防虫ネットをかけて、芽が出たら水分管理、伸びてきたら風で倒れないよう支柱を立てて…と、いざやってみるとたくさんの手間がかかることを実感しました。
苗の早い時期に害虫にやられたオクラはその後ほとんど実りがありませんでしたが、うまくいった苗は、困るくらい勝手にぐんと伸びてくれるんですよね。ルッコラは、スーパーに並んでいるサイズだと20cmくらいですが、うちの農園では背丈と同じ程に大きくなり、わさわさと生い茂りました。あまりに目立ったのか、周りの方から「ルッコラの人」と呼ばれていました(笑)。種がたくさんとれたので、周りの方にお譲りしたのですが、今もあのおばけルッコラの子孫がどこかで繁栄していることを想像すると楽しいですね。我が子に自作の野菜を食べさせることができたのも良い思い出になりました。
情報分野の知識だけでヘルスケアへの貢献をめざすことに限界を感じるようになり、2023年に医学部の博士課程に入学しました。医学知識はこれまたほぼゼロでのスタートでしたが、毎週、臨床医の先生方のなかに混ぜていただき、先行する研究や論文を題材に発表、ディスカッションをして、緊張で脇汗をかきながらも多くの刺激を受けています。
遺伝子や複雑な代謝経路、免疫系の多種多様な細胞と働き、そしてそのほとんどが略された英数字で表されていて、ゼミの間はメモを取るので精一杯です。さらに驚いたのは、先生方の知力・体力・精神力です。ただでさえ忙しく、患者さんの外来診療や手術などの通常の臨床の傍ら、研究活動も行っているんです。20~30代の若い先生が多いので、妊娠・出産・子育てもしながら…それでも疫学や統計などをあっという間にマスターし、いつの間にか論文を書いている。すごいとしか言いようがありませんし、そこまで努力されることに頭が下がります。博士課程を卒業するには論文を書くことが重要なのですが、ただ自分の成果のために書くということではなく、研究成果が世の中にどう影響を与えうるか、患者にとって価値があるものか、その研究を何のために公開するのかが問われるんです。これは患者のいのちに対する責任をもつ、医学分野の矜持なのかなと思います。卒業までの道のりはまだ遠いですが、大学での経験を持ち帰り、新しいテーマをどんどん開拓していきたいですね。
ナチュラルワインの魅力は「予想がつかないこと」
趣味の話になりますが、ワインが好きで、実はワインエキスパートの資格をもっています。ワインが好きになったきっかけは、子どもの頃にポリフェノールが体に良いと聞いて、祖父が嬉しそうにワインを飲んでいる姿を見ていたことかもしれません。ワイン好きの友人と産地に旅行に行きブドウ畑でランニングをしたり、好きな生産者のもとを訪ねてインターホンを押したりしたこともありました(笑)。
日本ソムリエ協会が認定試験を行っていることを知り「挑戦してみよう」と思い立ち、辞書並みに厚い公式教本を開き、イタリアの地図を紙に描いて産地を覚えるなど、地道に学びました。一次試験は座学、二次試験はテイスティングで、赤白2種類ずつと「その他の酒類」1種を飲み、品種などを答えます。試験前日に、一通りのブドウ品種を確認し、最後に、以前イタリアの友人からもらった酒があったのも思い出し、舌に叩き込んでいきました。そしていよいよ試験当日。赤白2種類飲んだ時点ですっかり酔いが回り、感覚も鈍るなかで最後に残った「その他の酒類」を一口飲んだ瞬間、「…これは昨日飲んだあれだ!」。友人のおかげで、なんとか合格できました(笑)。
ただなんとなく資格を取るのが目標で始めたものの、同じくワインが好きな方とのつながりができたり、飲み会でワインを選ばせてもらえたり、プレゼントの相談を受けたり、お店の方と話が弾んだり、いろいろと役に立っています。
最近は、ナチュラルワインに夢中になっています。自然な環境で育ち、その土地の酵母で発酵させるワインは、いい意味で型にはまっていない自由さがあるんです。どんな味かは開けてみるまでわからないですし、酵母が生きているので開栓後時間とともに香りが変化していく魅力があります。旅行先のショップで購入すると「何日滞在しますか?これは3日かけて変化を楽しんでください」なんて言われたこともあるくらいです。エチケット(ラベル)なんかもかわいい絵柄になっていて、選ぶ楽しみがあります。お店の人に聞くと、「この絵は生産者の娘さんが書いたんだ」などというプチエピソードもあったりするので、会話しながら選ぶとより楽しいですよ。

大好きなワインと一緒に休日を楽しむ
ナチュラルワインは予想がつかない分、一期一会ですし、ボトル全体を通してその土地やつくり手と対話しているような感覚があります。堅苦しさもなく、いろんな人が一緒に愉しめる、そんな魅力があると思います。
ワインも研究も、自分が自由に感じたり考えたりできる余地があることが私にとっては大事なのかもしれません。まだ誰も踏んでいない新しい場所をみつけ、開拓していきたいですね。
編集部より

自分はどこまでいけるのか、常に楽しみながら挑戦する姿勢が印象的だった近藤さん。プログラミング初心者の状態から開発した技術も、今では社会実装され実際に使われています。あっさりと話すたくさんの面白いエピソード全てに、勉強家の一面が随所に見え隠れしていました。【編集S 記】



