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酒造りにAIを取り入れ、伝統産業のアップデートに挑む津南醸造代表取締役の鈴木健吾さんと、日立製作所 研究開発グループでAIを活用した「合成バイオ」の研究を進める伊藤潔人。Vol.1では、鈴木さんが取り組む「スマート醸造」の可能性を考えましたが、Vol.2となる今回は、バイオ研究と情報科学の接点から始まり、自然科学以外のサイエンスの重要性へと話題が広がっていきます。

[Vol.1] 酒蔵から始まるバイオとデジタルの融合
[Vol.2]「作るAI」と「売るAI」でひらく新市場

画像: Iを活用した酒造りに挑む津南醸造代表取締役の鈴木健吾さん

Iを活用した酒造りに挑む津南醸造代表取締役の鈴木健吾さん

情報の力で「生物の謎」を解き明かす

鈴木さん:
伊藤さんは、もともと人工知能の研究をしていたと伺いましたが、なぜバイオの研究を始めたんですか。

伊藤:
鈴木さんの問題意識とも近いと思うんですが、サステナブルな社会をどう実現するかと考えたときに、石油に代わる資源が必要だろう、と。そこで、バイオを活用して新しいエネルギー源や製造方法を生み出していく動きに着目し、研究を始めました。もともと専攻していたコンピュータの知識を使ってバイオ分野で何かできないかと探求しています。つまり、そのバイオ研究でAIをどう活用していくか、というのが私のテーマです。「生物×情報」という点では、鈴木さんも早くから関心があったんですよね?

鈴木さん:
そうですね。私が大学3年のときに入った研究室は「生物環境情報工学」という名前で、生物、環境、情報、工学と、なんでもありの場所でした(笑)。ゲノム(生物の遺伝情報全体)も情報ですし、植物の画像データから生育状況をモニタリングするのも情報です。そのため、バイオ研究にITやAIを持ち込むことにはアレルギーがなく、むしろ自分の強みだと思って研究に活用してきました。実は、ミドリムシの研究では、日立グループさんとも関わりがあったんですよ。

伊藤:
たしか、ミドリムシを使ったバイオジェット燃料に関する研究だったとか。

鈴木さん:
日立プラントテクノロジー(2013年 日立製作所に吸収合併)さんと新日本石油(現ENEOS)さん、私がCTOを務めていたユーグレナの3社で、共同研究をさせてもらいました。そのとき、日立さんの技術にものすごく感銘を受けたんです。ミドリムシのような微生物を培養するプールの中で、微生物がどう動くのか。水に溶けている酸素の濃度がどう分布するのか、といったシミュレーションを見せてもらったのですが、「計算だけでここまで再現できるのか!」と衝撃を受けました。

伊藤:
流体シミュレーションですね。日立は発酵槽、汚泥の処理槽などの研究開発もしているので、その知見がユーグレナさんとの共同研究にも応用されたのだと思います。

鈴木さん:
液体の粘度によって微生物の動きがどう変わるか、許容できる容積の限界はどこかといったことが、シミュレーションできれいに説明できる。私は「生物の世界も基本的に原理原則があって、それに従っているんだ」と再認識しました。合成バイオの研究も同様で、原理原則がわかれば、最終的にどんな生産物が得られるのか、かなり高い精度で予測できるようになるはずだと考えています。

伊藤:
同感です。いまはデジタル技術の進化で、そうした原理原則に基づくシミュレーションをもっと密に繋げていくことができつつあると考えています。発酵のような複雑な現象も、シミュレーションや計測技術、AIなど、いろいろな技術をうまく組み合わせることで、もっと精緻に予測できるようになっていくのだろうと思います。

画像: コンピュータやロボットの研究の知見を生かし、AIを活用した合成バイオの研究を進める伊藤潔人

コンピュータやロボットの研究の知見を生かし、AIを活用した合成バイオの研究を進める伊藤潔人

ものを作るより、売るほうが難しい

伊藤:
ただ、研究現場の悩みとして、AIに学習させるための「データ」が圧倒的に足りないと感じています。いまの合成バイオ分野は萌芽的で、AIに与えるデータが他分野と比べて足りない。AIが生物のことを理解し、合成バイオを改善する「次の一手」を提案してもらうためには、もっとバイオ分野のデータやナレッジを集めないといけないという課題に直面しています。鈴木さんは、バイオデータの現状をどう見ていますか?

鈴木さん:
もちろん、まだデータを集めるべき余地はたくさんあります。でも、工夫しだいで、データを現場でどんどん活用できる状態になっている、というのが私の実感です。「スマート醸造」はその実践の一つです。むしろ、私がビジネスの現場で痛感しているのは「ものを作るよりも、売るほうが圧倒的に難しい」ということです。

伊藤:
その言葉は、企業に身を置く研究者として共感できます。バイオの分野は、大量生産だとコスト低減が求められたり、ニッチだと高付加価値が求められたり、生物がハマる領域って、なかなか見つからない。

鈴木さん:
特に、日本酒のような「嗜好品」は、人の主観で価値が決まるので、ブランド作りが極めて難しいんです。石油化学製品のように「必要な品質を満たしていれば、あとは安いほうがいい」という領域ならば、AIを使ってコストダウンのプロセスを最適化すれば成功できるでしょう。でも、嗜好品はそうはいかない。そこで私はいま、日本酒の研究開発だけでなく、「どう売るか」「どう市場を作るか」というマーケティングの領域でも、AIを使った実験をしているんです。

伊藤:
具体的には、どのような実験をしているのでしょうか。

鈴木さん:
例えば、津南醸造では「テーブルライス日本酒(Table Rice Sake)」という新しいカテゴリーを提唱しています。日本酒は「酒米」で造るのが常識ですが、あえてコシヒカリなどの「飯米」で酒を造り、それを海外に売っていこうと考えています。「テーブルライス(主食の米)で造った日本酒」という新しいカテゴリーを作って、「これはテーブルライス日本酒です!」と打ち出しているわけです。

画像: 対談が実施された日、津南醸造では高級酒の「洗米」が行われていた

対談が実施された日、津南醸造では高級酒の「洗米」が行われていた

自然科学以外にも関心が広がった

鈴木さん:
この「Table Rice Sake」という言葉を市場に定着させるために、AEO(Answer Engine Optimization)を意識した仕掛けをしています。SEO(検索エンジン最適化)のAI版ですね。例えば、生成AIに「2026年の日本酒のトレンドになる可能性の日本酒は?」と聞いたときに、「津南醸造が提唱しているテーブルライス日本酒です」と答えてもらえるように、ウェブ上の情報を最適化しているんです。

伊藤:
なるほど、AIが参照するであろう情報を、あらかじめウェブ上に配置しておくわけですね。

鈴木さん:
そうですね。プレスリリースのタイトルをどうすれば、AIが適切に引用しやすいか。どんな文脈であれば、AIが「これはトレンドだ」と認識するか、といった情報発信の最適化を試みているんですが、その際にもAIをフル活用しています。

伊藤:
すごいですね。研究者からすると「いいものを作る」という側面だけに目が行きがちですが、鈴木さんの話を聞いて「作ったものをどう売るか」というコンセプトづくりの重要性を感じました。そのコンセプトを考えるときにも、例えば、作ったものの使われ方や、そのプレミアムのつけ方など、AIの助けを借りて考えていくということですね。

鈴木さん:
実をいうと、私はミドリムシの研究者なので「自然科学以外はサイエンスの対象としてとらえるのは難しい」と考えていた時期もありました。でも、会社経営などの経験を経て、社会で何かを成し遂げるためには、自分が作ったものがどう役に立つのか、他の人に明確に伝わるように工夫すべきだと考えるようになりました。そんな視点から、最近は人文社会学系の学問やマーケティングなどの実践手法にも興味が広がっています。

伊藤:
AIの進化で、そういった領域横断的な情報収集や試行錯誤がやりやすくなって、高速化していますよね。発想して試すことこそが研究者の仕事なので、集めた幅広い知識を活用して、ワクワクすることをどんどん試していくべきではないか、と感じています。

──「作るAI」と「売るAI」という視点から、研究とビジネスの両輪を語った今回の対談。では、その先にある未来像とはどのようなものでしょうか。次回は、酒粕ダイヤモンドから月面酒蔵まで──想像力が切り拓く未来について迫ります。

画像: 津南醸造では、さまざまな新商品の開発に取り組んでいる

津南醸造では、さまざまな新商品の開発に取り組んでいる

取材協力/津南醸造株式会社

画像1: [Vol.2]「作るAI」と「売るAI」でひらく新市場|微生物×AIの現在地と可能性

鈴木 健吾
津南醸造株式会社代表取締役

東京⼤学農学部の修⼠課程在籍中に株式会社ユーグレナを共同創業し、微細藻類ユーグレナ(ミドリムシ)の⾷⽤屋外⼤量培養に世界で初めて成功。同社の研究開発担当役員の傍ら、理化学研究所 微細藻類⽣産制御技術研究チームのチームリーダーや複数の⼤学の客員教授を兼任。2023年12⽉、新潟県の津南醸造の代表取締役に就任。「⽣成AIを⽤いたスマート醸造」を掲げ、伝統的な発酵産業に最新のデジタル技術を導⼊する挑戦をしている。博士(農学、医学)

画像2: [Vol.2]「作るAI」と「売るAI」でひらく新市場|微生物×AIの現在地と可能性

伊藤 潔人
⽇⽴製作所 研究開発グループ Next Research 合成バイオプロジェクト リーダ主任研究員

東京⼤学⼤学院 新領域創成科学研究科の博⼠課程で脳型コンピュータを研究後、2007年に⽇⽴製作所に⼊社。同社研究部⾨で、組込みコンピューティングや知能化ロボット、⼈⼯知能などに関する研究開発に従事。近年は合成バイオ技術への応用に取り組んでおり、AI/デジタル技術を駆使した多領域融合型の研究を展開している。博⼠(科学)

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