[Vol.1]「捨てる前提」を変えるものづくり
[Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか

ずっと使いたくなる「愛着」はどう育つのか、議論が深まった
愛着は、使い続けるしくみの中で育つ
山崎さん:
サステナブルという言葉があちこちで使われていますが、「こんなに良いことをしています」とアピールするだけでは、結局、広がらないと思うんです。資源価格はこれからも上がっていくでしょうし、今あるものを捨てるほうが、経済的にもったいないとされる時代がいずれ来る。だからこそ、今から取り組む価値があると思っています。
その考え方を形にしたのが、大阪避雷針工業神戸営業所の改修プロジェクトでした。社員数の減少によって建物が広くなりすぎたという課題に対し、クライアントがはじめに希望していた「建て替え」ではなく、今ある建物を生かしながら使い続ける「再生」を提案したんです。
既存の建物を新しい地形のように扱い、再利用したことで、新築よりも工期を短縮でき、建設時に出る廃棄物やCO₂排出量も大幅に削減できました。さらに、新しく加える部分には時間とともに風合いが増す木材をふんだんに使い、ボルトやビスで交換・修理しやすい構造にするなど、長く使い続けることを前提に設計しました。
建築再生は、既存の構造に合わせた調査や設計が必要なうえ、工事でも残す部分を傷つけないよう部分的に解体するなどの、新築に比べて多くの手間がかかるためコストが高くなる、というのが一般的な考え方でした。しかし、実際にやってみると工期を短縮できたことや、資材価格が高騰する中で新しい資材の使用量を抑えられたことで、価値を感じやすい場所にコストを割くことができました。具体的には、遠い外国から資源を輸入してくる部分にたくさんのコストをかけるのではなく、国産の木材を買ったり、近隣の木材加工場や建築の職人さんの仕事に対して対価を払えたり、高い環境性能や快適性を確保するためにコストをかけることが出来たのです。結果として、お客さまにも満足いただけるものになりました。
もう一つ印象的だったのが、外構にある植栽の水やりのことです。最初は自動散水にするつもりだったんですが、社長から「社員みんなで水やりをしたい」という提案があったんです。「本当に続くのかな」と少し心配もしていたんですが、実際に始めてみると、それがすごくうまくいきました。毎朝みんなで水やりをするのが当たり前になって、植物の成長を楽しみにするようになって職場での会話が増えたり、その様子を見た近所の方とコミュニケーションが生まれたりと、思ってもみなかった効果が生まれたそうです。

愛着は個人を超えて継承できるのか、と問う小西
小西:
「つかう」のフェーズって、20年、40年、ともすれば100年、200年という時間の話になりますよね。たとえば、今回の改修当時のストーリーを知っている人ならば、毎朝水をやったり、大切に手入れしたりすることもあるかと思うんです。でも、その後まったく違う人が関わるようになったときに、その愛着を引き継いでいけるものなのでしょうか。結局は経済合理性のほうに流れてしまうんじゃないかという気もします。愛着の継承という点では、何か工夫されたことはありますか。
山崎さん:
今回の植栽のことを通じて改めて感じたのですが、愛着って、毎日関わる体験の積み重ねで育っていくものだと思います。建築の手入れの時間軸というのはどうしても年単位になり、小西さんの言うように意思が継承されない可能性もあると思います。ただ、植栽は手入れをさぼるとすぐに弱ってしまうし、手をかけてやるとすごく綺麗になってくれる。日々少しずつ手をかけたり、変化に気づいたりするような関わりを組み込めることが大事だと思いました。この営業所へ行くと、「今日は花がすごくきれいなんですよ」と、そこで働いている皆さんがうれしそうに教えてくれます。手入れをすると変化がすぐ返ってくるから楽しいし、それを言葉にしたくなるんだと思いました。
時間が生む変化を「味わい」に変える
松田:
ところで、建物は「いかに手入れをしなくて済むか」「新築の状態を維持できるか」が重視される印象があるのですが、いまは必ずしもそうではない価値観になってきているのでしょうか。

山崎さんの手掛けた実践から、参加メンバーの中にも新たな気づきが生まれていく
山崎さん:
そこはすごく大事な視点だと思います。大阪避雷針工業でも、改修後、靴を脱いでスリッパで使おうとされていたのですが、社長が「建物は使ってこそ価値がある」とおっしゃって、今は普通に土足で使われています。土足で使えば、人がよく歩く場所は少しずつ黒ずんできますし、木も紫外線を浴びて飴色に変わっていきます。でも、それを「劣化」ではなく「味わい」と感じられるようになると、建物との付き合い方が変わってくるんです。
建築って本来は厳しい自然環境に長い時間さらされ続けるものです。それなのに、いつまでも綺麗な新車みたいな感覚で「傷がついたから直してください」「汚れたから元どおりにしてください」と求められることも多いんですよね。大阪避雷針工業では、敷地にあったクスノキを手すりに再利用したんですが、その材が少し反っています。でも、それを誰も欠点だとは思わず、「うちの木だからね」と受け入れてくれています。もしどこかから買ってきた材料だったら「交換してください」と言われていたかもしれません。でも、自分たちの木だから「ちょっと反ってきたね」で終わる。その感覚は面白いですよね。
「新品の状態をどれだけ維持するか」をめざすよりも、時間を重ねることで生まれる変化を受け入れられる建築のほうが、長く愛されるのではないでしょうか。法隆寺や東京駅を「古いから壊そう」とはもう誰も思いませんよね。時間を重ねたこと自体に価値を感じられる感覚を育むことが大事だと思います。

愛着によって「劣化」が「味わい」だと感じられるようになる、と山崎さん
松田:
たしかに、日本では「傷や汚れは絶対に許さない」という感覚がある一方で、古いものや使い込まれた跡を「味わい」として受け入れる文化もありますよね。でも、その間を埋めるのが難しいというか。味わいになることは頭ではわかっているのに、最初の傷だけはどうしても避けたい。この感覚って何なのでしょうね(笑)。
山崎さん:
たしかにそうかもしれません(笑)。
伴:
一方で、今はフリマアプリやオークションサイトを利用して、誰かが使ったものを買う文化も広がっていますよね。今は価格の安さが理由かもしれませんが、これからは「環境にいいから」「自分で選んだから」という価値も加わって、新品と中古の間にある感覚が、もう少し自然につながっていくのかもしれないなと思います。
デジタルの世界に愛着は生まれるか?
松田:
先ほどの植栽の話で印象的だったのは、自動散水を選ばなかったことです。普通なら、メンテナンスの負担を減らすために技術で解決しようと考えますよね。でも、あえて人が水をやることを選んだ判断が大きかったのかなと思いました。
一方で、日立のような技術を強みとする企業では、どうしても「自動化すること」が価値になりがちです。たとえばデジタルサービスも、更新されなくなると古くなってしまうので、AIで自動更新しようという流れがあります。でも、それで本当に愛着は生まれるのかは疑問です。
山崎さん:
たしかに、同じスマートフォンを20年使おうとはあまり思わないですよね。建築はローテクの塊なので、人が関われる余白を作りやすいんです。その一方で、高度なテクノロジーほど人が触りにくい。その違いは大きい気がしています。ハイテクを適用した「森になる建築」であえてローテクな手すき和紙を手貼りすることを取り入れたのも、そういう視点です。

デジタルやAIに愛着は生まれるか?新たな問いが生まれる
松田:
いまは、生成AIを日常的に使いながら育てているような感覚をもっている人が多いと思います。でも、もしAIの性格が突然変わってしまったら、その愛着は続くのでしょうか。私自身がAIに対して感じているのは、愛着というよりも信頼に近い感覚です。使い続けるうちに自分のことを覚えてくれて、返ってくる答えも少しずつ変わっていく、その積み重ねで信頼感が生まれています。もしその関係が突然失われたら、自分がどう感じるのかは少し気になります。
山崎さん:
その点では、ロボットのように身体を持つAIのほうが、振る舞いのなかに人間らしさを感じられる分、愛着を持ちやすいのかもしれませんね。ソニーさんのaiboみたいな存在は、まさにそうだと思います。
小西:
建築は実際に触れることもできるし、中に入ることもできて、フィジカルな感覚がありますよね。一方で、デジタルの世界は画面越しの存在であり、振る舞いはあっても、触れることも、匂いを感じることもできません。時間の経過とともに古びるのではなく、知らないところで性能がガラッとアップデートされていくこともあります。もちろん、AIの振る舞いに人格を感じたり、あるデジタルコンテンツのキャラクターに対して「愛着」を抱く、ということはあると思います。ただ、そういうデジタルに対して抱く「愛着」とフィジカルなものに対して抱く「愛着」とは、同じものなのでしょうか。

実体験や人との関わりを大切にしたい、と伴
山崎さん:
デジタルなものに対する愛着となると、私にはちょっと想像がつかないですね。フィジカルなものへの愛着とは、やっぱり何か違うんでしょうか?
伴:
やはり、実体験や生身の人との関わり、自分自身がそこに関与した経験があるかどうかが大事なのでしょうね。たとえ手段としてデジタルを使うとしても、そのきっかけは実体験や人と人との関わりであってほしいです。普段デジタルにどっぷり浸かっているからこそ、そう思います。
私が研究しているサーキュラーエコノミーの将来像についても、どんなに環境意識が高い人が増えたからといって、「面倒だからペットボトルを買う」という経済性、利便性を重視する価値観による行動はきっとなくならないでしょう。だからこそ、人が自然と行動を変えたくなる部分と、変えられない部分を分けて考えることが大切なのではないかと思っています。変えられない部分はデジタルが裏側でそっと支える一方で、愛着が生まれそうな部分は、人がきちんと関われる余地を残しておく。そうやって、人が関わる領域とデジタルが支える領域をうまく分けていくことが、これからの一つの理想の姿なのかなと感じています。
――人が自然と関わり続けたくなる場やしくみは、どのように生まれるのでしょうか。次回は、愛着を育み、主体的な行動を引き出すデザインについて語り合います。
![画像1: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/6a6ed8d55dd5513f2b6ab3f845a0d67e9dcec13b.jpg)
山崎 篤史
竹中工務店 大阪本店設計部
シニアチーフアーキテクト
1982年生まれ。2005年神戸大学工学部建設学科卒業。2007年、同大学大学院修士課程修了、竹中工務店入社。2024年解体・新築予定だった建物を再生した「大阪避雷針工業 神戸営業所」を手がける。2025年の大阪・関西万博では、休憩所として出展した「森になる建築」を設計。「生分解性樹脂を構造材として一体造形した世界最大の3Dプリント建築」として、ギネス世界記録™に認定された。
![画像2: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/3148915d5a43149603d57c1bbe1785c95cea7c79.jpg)
松田 匠
研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ デザインプロモーション室
室長
日立製作所入社後、生活家電のプロダクトデザイン、金融・公共分野のUI/UXデザインを担当。協創方法論「NEXPERIENCE」の研究開発・人財育成や、国内外での新事業創生に向けたビジョンデザイン研究を推進したのち、2021年より日立ヨーロッパR&Dデザインラボにて電力分野などの先行デザイン研究をリード。帰国後はデザイン戦略立案と新興技術の価値発信を担い、2026年より現職。
![画像3: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/d93aa818979384b1af85461c058ec5284d5935af.jpg)
伴 真秀
研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ UXデザイン部
リーダ主任デザイナー
日立製作所入社後、コーポレートWebブランディング、建設機械・IT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。2011年から日立アメリカR&Dデザインラボに勤務。2015年からは、家電、ロボット・AI領域の将来ビジョンや地域活性に関するサービスデザインを担当。企画部門を経て、現在はモビリティ・エナジー領域に関するデザインチームを率いる傍ら、サーキュラーエコノミーに関するサービスデザイン研究に従事。
![画像4: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/e10611f16f551efec2b2a4728a2a5e8cf0e9382b.jpg)
小西 正太
研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ UUXデザイン部
デザイナー
2021年に株式会社日立製作所に入社。家電領域における新規事業創出、EV・グリーンモビリティに関するUI/UX/プロダクトデザイン、参加型社会を実現するためのデザインアプローチに関する研究に従事。現在は、データセンターに関するコミュニケーションデザインなどに携わる。
![画像5: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/61a077ef89e407bf5495bba005b148c6a82f0702.jpg)
八木 あすか
研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ UXデザイン部
企画員
2023年に日立製作所に入社し、主にヘルスケア分野のUI/UXデザインに従事。また、2025年からは、国分寺サイトの自然環境を次世代に引き継ぐための「100年続く未来プロジェクト」にも参画し、コンテンツ制作などに携わる。
![画像6: [Vol.2]「長く愛される」はどうやって生まれるか│「森になる建築」山崎篤史さんと考える、循環する建築と社会インフラのつくりかた](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/10/02/6a5c85679f2ecf5b6762021d57c6c35d98fbbce1.jpg)
吉田 政市
人財統括本部 研究開発人事総務本部 総務部 国分寺・鳩山庶務ユニット
リーダ部長代理
1987年に日立製作所 中央研究所(現 研究開発グループ)に入社。事業部や支社で総務業務を経験した後、2025年4月に研究開発グループ 国分寺サイトへ赴任。現在は「100年続く未来プロジェクト」の事務局を担当している。
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