プログラム1「社会イノベーションとコミュニティとの関わり方」
プログラム2「コミュニティ創生のためのデザイン」
プログラム3 「企業の立場でリアルなコミュニティに関わり始めて思うこと」

左から日立製作所 丸山幸伸、日建設計 石川貴之さん、日立製作所 吉野正則、柴田吉隆
「富士山型」から「連峰型」へ
丸山:
本日は、地域と関わりながら社会イノベーション事業の創生をめざす活動に取り組んでいる3名の方々をお招きし、「社会イノベーションとコミュニティ」についてお話しいただきます。
ゲストは株式会社日建設計の石川貴之さん。同社のイノベーションデザイングループとNIKKEN ACTIVITY DESIGN labというクリエイティブな組織が所属する新領域ラボグループを率いていらっしゃるほか、一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ ※1)でもご活躍されています。日立からは、「共創の場形成支援プログラム」(COI-NEXT ※2)を北海道大学で実践している吉野正則と、研究開発グループでビジョンデザインという活動に取り組んでいる柴田吉隆の2人に来てもらいました。皆さん、よろしくお願いします。
※1イノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織。
※2 国立研究開発法人 科学技術振興機構が実施している産学連携プログラム。大学などが中心となり、多様なステークホルダーを巻き込みながら「未来のあるべき社会像(拠点ビジョン)」を策定し、その実現に向けた研究開発を推進している。
石川さん:
石川貴之と申します。日建設計に入社以来、一貫して都市開発に携わってきました。スマートシティや社会インフラ輸出といった政策の支援を経験したのち、2021年から社内のイノベーションデザイングループを率いています。

日建設計 石川貴之さん
日建グループは「社会環境デザインの先端を拓く」をブランドビジョンに掲げています。このブランドビジョンは、1900年の創業以来ずっと培ってきた弊社の気概を言語化したものです。このビジョンを支える基本理念が「価値ある仕事によって社会に貢献する それを通じて個人は成長する 会社も発展していく」。まずは一人ひとりが社会を見つめて仕事をするという姿勢を持つ。そうした仕事が個人の成長につながり、会社の発展へとつながっていく。この思いを端的に表現したのが「EXPERIENCE, INTEGRATED」というブランドタグラインです。つまり、クライアントと自分たちの多彩な経験を組み合わせ、社会に豊かな体験を届けたいというメッセージです。この背景には、社会の変化に先んじて行動することと、自由な発想と技術を掛け合わせるということがあり、この両方の行動に支えられたものが、弊社のめざす社会イノベーションです。
弊社はこれまで、建築設計や都市デザインといった事業領域を中心に大きく裾野を広げてきた「富士山型」の組織としてサービスを展開していました。ところが近年、サービスの多様化や市場の拡大に向き合わざる得ない状況がより深刻化し、課題が複雑化する社会と向き合うためには、既存の事業領域の中で弊社が培ってきたマネジメントやコンサルティングそのものを新たなビジネスの柱に据え、「連峰型」のサービスを提供できる組織への転換が必要不可欠になってきました。そこで、従来の「富士山型」から「連峰型」へと組織を変えていくための「造山活動」を加速すると同時に、日建グループのイノベーション活動のハブとして、組織の中から外へ向かって活動を広げていく意識改革や機運醸成を担うため、イノベーションデザイングループが設けられました。

社会課題と自分課題
吉野:
2021年から北海道大学COI(Center of Innovation)でCOI-NEXTのプロジェクトリーダーを務めている、日立の吉野正則と申します。わたしが北海道大学で取り組んでいるのは、少子化問題の解決です。根底には、少子化に関する事実が社会に正しく伝わってないのではないのかという問題意識があります。
例えば、女性の妊孕力(にんようりょく※3)が年齢ととともに低下していくという事実に、女性の働き方が追従できていないこと。不妊の原因の半分は男性にあるにもかかわらず、女性の責任にされがちな傾向にあること。日本が世界で一番体外受精の多い国であること。日本のジェンダーギャップ指数(※4)が世界で100位を下回っていること。HPVワクチン(※5)を男性も接種するのが海外では当たり前の時代になってきていること。こうした事実が日本の社会にはなかなか浸透していません。
※3 子どもを妊娠し、出産することができる能力。
※4 男女格差を測る指数。
※5 Human papillomavirus:ヒトパピローマウイルス。子宮頸がんに関わりがあるとされるウイルス。

日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 吉野正則
そこで北海道大学が岩見沢市とともに進めているのが、「健康経営都市」をめざすプロジェクトです。
市民、大学、企業といった異なる立場の人々が課題の解決に取り組むには、ゴールの設定が必要です。このプロジェクトでは、「他者とともに、自分らしく幸せに生きる社会の実現」をゴールに設定し、それを達成するために地域のどんなアセットを活用すべきかを考えるバックキャスティングの方法論を用いています。解決すべき課題として次の2つを設定しました。1つは、「少子化・地域維持」という社会課題。もう1つが、市民一人ひとりが人生における選択肢を自らつくる「ライフデザイン」という“自分課題”です。

2つの課題を設定することで、取り組みのターゲットが明確になり、研究課題や開発課題が設定できます。すると、どんなソリューションが必要かも見えてきます。市民が大学、企業と思いをシェアすることで、地域の力を活かして課題の解決に取り組める「新しい公共」の実現をめざしています。
市民がインフラを“ハック”できる時代
柴田:
日立の柴田吉隆と申します。5年ほど前からビジョンデザインという活動を率いています。
ビジョンデザインとは、「めざしたい将来」を映像などを用いて可視化することで、立場の異なる方々が議論し、一人ひとりがめざす方向性について考える活動です。2016年、政府が「超スマート社会」の実現をめざす「Society 5.0」というコンセプトを打ち出しました。「Society 5.0」を実現するためには、テクノロジーにフォーカスした単なる便利さ(Super Smart)ではなく、それを超えた価値「Beyond Smart」を追求する議論を促すことが必要で、それこそがデザインの役目なのではないか。そういった問題意識から活動を続けています。
さまざまな方々との議論の末、たどり着いたキーワードが「関与」です。便利なしくみを「利用」すると、できることはどんどん広がっていきますが、自分自身に変化をもたらすわけではありません。一方で、「関与」は、やることは増えるかもしれませんが、自分自身を変えてくれる可能性があります。

あるべき「関与」を地域の方々と一緒に考えるために、フューチャー・リビング・ラボ(※6)という活動を始めました。「こういうことが地域にとって大事なのでは?」ということを地域の方と話し合い、ギュッと凝縮し、地域の方や外から来た方が体験可能な形にしてメッセージを伝えていく取り組みです。
※6 地域で多くの人が利用するインフラなどの社会のしくみが、将来に向けて新たにどのようなことを担うべきか、地域の人たちとともに考える活動。
例えば、地域の農家と飲食店による地産地消のサイクルの中心に、農作物の運び手として住民の方に加わっていただくと、地産地消の意味が違って見えてくるのではないか。今や1秒もかからないスマートフォン決済を、逆に10秒かけて行うことで、お店の人とお客さんが会話をする時間が生まれるのではないか。一見、利便性という観点では役に立たないような試みを通じて、地域に「関与」がもたらされる可能性について考える。そこに活動の意義があります。

日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 柴田吉隆
ある人からいただいた言葉でとても印象に残っている言葉があります。
「市民がインフラを“ハック”できることが、これからの時代の倫理なのではないか」
みんなが使うインフラだからこそ、そこに市民が少しずつ関わるということを通じて、地域の柔らかいつながりをつくっていく。どうしたらその土台としての役割を日立が担えるのか、ビジョンデザインの活動を通じて模索しています。
都市開発コンサルの役割は「翻訳」と「会話の成立」
丸山:
それでは1つめのトピックに参ります。「社会イノベーションを起こしていく場としてのコミュニティづくり」。一見、手段と目的が逆のようにも見えるこのチャレンジについて、ご意見をお聞かせいただければと思います。
石川さん:
わたしが携わってきた都市開発プロジェクトのマネジメントを例にお話しします。都市開発プロジェクトは、まずは行政・民間企業・住民らが集まり、「一緒にまちづくりをしませんか」という、ややぼんやりした目的のもとスタートするケースが一般的です。そうするとプロジェクトの初期段階では、それぞれのステークホルダーは「不利益を被ってはいけない」という意識から、何かしらの利益を享受したい、支援を得たいという「Take」の意図のもと、議論に終始するようになります。いわば、各ステークホルダーが個別に抱える課題の解決をめざす「部分最適」vs.まち全体の課題の解決をめざす「全体最適」という対立の構図がしばらく続きます。

こうした状況でこそ、我々都市開発コンサルタントのプロフェッションが活かされることになります。つまり我々のプロフェッションは、「部分最適」vs.「全体最適」の対立という構図を丁寧に翻訳しながら、ステークホルダー同士の会話が成立するようサポートすることなのです。この作業を通じて、「一緒にまちづくりをしませんか」という漠然とした思いをみんなが共感できる、より具体的な共通目的を設定します。
共通の目的が設定できると、プロジェクトは「合意形成フェーズ」へと進みます。そうすると、目的の達成に向け、各ステークホルダーができることを「Give」しあう関係が構築され、初動期とはプロジェクトの雰囲気がまったく違ったものになります。いわば運命共同体のような意識と体制ができあがり、このコミュニティをデザインすることに、都市開発プロジェクトのマネジメントの本質があると思っています。

まちづくりデザインの対象は具体的な建物や都市ではなく、みんなが共感・共有できる目的を設定することであり、合意形成のデザインだと捉えています。そして目的を共有することは、コミュニティを形成することだと考えています。
したがって、「イノベーションを起こせるコミュニティを意図的につくることができますか?」と問われたら、わたしはもちろん「YES」と答えます。その理由は、イノベーションのスタートも、課題や目的を関係者間で共有することであり、「まちづくり」を「イノベーション」という言葉に置き換えると、まちづくりの合意形成のプロセスがそのままトレースできるように思います。
イノベーションの目的共有の場としてコミュニティを組成できなければ、イノベーションの継続性も持続性も担保されないと思います。

関係性を駆使するクセをつける
丸山:
石川さんから仮説のような形で意見が投げかけられましたが、イノベーションを起こせるコミュニティづくりを実践している吉野さんはどんな意見をお持ちですか。
吉野:
石川さんのお話の中で出てきた「Take」の関係から「Give」しあう関係への変化は、とても腑に落ちました。わたしとしては、「Give」しあう関係こそ、本来先にあるべきなのではという思いを持って活動してきました。大学や企業の取り組みにありがちなのは、地域と一緒に活動することでどんな利益が自分たちに戻ってくるのかを先に考えてしまうことです。そうではなく、利他の意識すなわち「Give」する姿勢が先にあり、もしかしたらあとあと「Take」があるかもしれない。そういうスタンスに変わっていかないと、イノベーションを起こせるようなコミュニディづくりは難しいのではないでしょうか。

丸山:
確かに工学的な考え方のもとに取り組むと、「何かしらの効果を得たい」という意図が先行しがちです。
吉野:
まちづくりというものは長い年月をかけて行うものですが、大学や企業にとっては、期限が設けられた上でのプロジェクトであることが多い。ですが、そのまちの住民にとって、「暮らす」という行為にあらかじめ期間が設けられているわけではありません。そのため、大学・企業と住民とが一緒にまちづくりに取り組むと、どうしても目線にズレが生じます。異なる目線を一致させていくための場として、コミュニティは必然的に生まれてくるものだと思います。
丸山:
柴田さんはビジョンデザインの活動の中で、コミュニティづくりに取り組む際にどんな点を重視していますか。
柴田:
コミュニティは「関係性」だとわたしは捉えています。コミュニティという、実体を持たないものをまちづくりの真ん中に据えても、なかなかうまく事は運びません。みんなが「これは必要だね」と思えるわかりやすいものを活動の中心に据えることは、良いことのように思います。

例えば、具体的なテーマでイノベーションを起こすことを目標として真ん中に置くことで、コミュニティ内の関係性を駆使する。立場の異なる方々による粘り強い取り組みの末に、イノベーションというわかりやすい価値が生まれる。ここで、イノベーションという結果以上に重要で代替が利かないのは、コミュニティそのものがより強固になることです。「イノベーション」という目的を達成するために、その手段として一番大事な「コミュニティ」を育てていく。そこでポイントになるのが、ステークホルダー同士の関係性を活かせるクセを身につけることだと思います。
「トランジションをデザインする」という地道な作業
丸山:
2つめのトピックに進みます。「『未来の姿を探索するパートナー』として、コミュニティを位置づけられるのか」。日立でビジョンデザインの活動に取り組んでいる柴田さんは、協創のパートナーである地域の方々に起きている変化を丁寧に見ていると思います。取り組みにおける考えをお話しできますか。
柴田:
先ほど、従来重視されてきた利便性の追求ではなく、人と人、人と街との間の「関与」こそ、これからの社会では大切になると述べました。そういった持続可能な方向性をめざすべきだという意識の共有は、社会においてはすでにおおむねできているというのがわたしの感覚です。大事なことは、その方向にどうやって進んでいくか。そのストーリーづくりに注力しています。
ただ「大きいストーリーをつくる」というだけでは不十分です。また、「関与を重視する」と言っても、かつてのしがらみが強い社会に戻りたいわけではありません。探索していかなければいけないのは「しなやかな関与のあり方」であり、そこにデザインのセンスが問われます。たとえ、企業が美しいストーリーを立てることができたとしても、それが地域でうまく機能するかどうかはわかりません。住民の方々と丁寧に対話を重ねながら、一緒にストーリーをつくり、それを試してみる必要があるのです。

冒頭で地産地消の話をしました。地元で獲れた野菜をスーパーで買うという地産地消への参加の仕方と、野菜の運び手として地産地消に参加することでは、住民にとっての地産地消の意味が異なります。そのどちらかしか選べないのではなく、人によって関わり方を変えていける。でも一段引いて見ると、地域としてはうまくシステムが回っている。そんなしくみを試作して地域の皆さんに使っていただき、議論を重ねるというインタラクションを通じて、その地域にフィットする「関与」のスタイルを見つけていく。フューチャー・リビング・ラボの活動は、そういったことを試しながら学んでいくことの繰り返しです。
「機能の集積」≠「コミュニティ」
石川さん:
日建設計に入社してまだ間もない頃、関西文化学術研究都市(※7)の企画を担当していました。名だたる大企業の研究所を関西の丘陵地に誘致することで、研究拠点の集積地をつくったわけですが、少なくともわたしが携わっていた時点では、今で言う異業種連携のようなしくみが根付きませんでした。さまざまな企業が同じエリアに集まっているのに、社会の課題と向き合って各々の企業のノウハウを提供して活用するという段階にスパークしなかったのは、まさに柴田さんのおっしゃる「関与」のあり方に起因していると思います。
※7 1995年、京都・大阪、・奈良の3府県にまたがる丘陵地帯に開園したサイエンスシティ。現在、150を超える研究施設や大学施設、文化施設などが立地している。別名、けいはんな学研都市。

わたしが社外で参加しているFCAJ(※8)の取り組みの中で、海外のリビングラボやフューチャーセンターをリサーチする機会に恵まれました。そこで目にしたのは、単なる研究機能集積ではなく、連携をしくみ化することの大切さです。そこでカギになるのが「リエゾン」と呼ばれる仲人のような存在です。かつて日本では、どの地域コミュニティにも、何かと世話を焼いてくれる気のいいおばさんがいて、住民同士をつなぐ役割を果たしていました。コミュニティの内情に精通していて、だれかとだれかの間を取り持つことができる機能があることで、初めて異業種連携も進みますし、未来探索のパートナーを見つけることができるのかなと思います。
※8 イノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織。
今、リサーチパークの都心回帰が進んでいます。その背景にあるのは、やはり仲人としての機能が、いわゆる研究所団地のような単一機能の集積地ではなく、都市の多種多様な機能の中に存在していることに起因しているのではないでしょうか。
吉野:
異なる立場の人同士が連携して何かに取り組むには、やはり大義のようなものが必要だと思いますし、おっしゃるように、仲人の機能を果たせる人であったり場であったりが欠かせません。例えば千葉市の幕張地区は、高度経済成長期の土地開発で企業群が立ち始めた当初、極端な話、土日になるとだれも歩いていないようなまちでした。その後、商業施設をはじめとするさまざまな空間ができて、ようやくまちとして機能するようになり、人が集まってきました。
柴田:
研究という1つの機能ばかりを集めた街をつくっても、コミュニティとしては機能しない、と。
石川さん:
東京の丸の内エリアの変化にも、幕張と同じことが言えます。わたしが社会人になって間もない1990年頃の丸の内は、立ち並ぶ建物の1階のほとんどが銀行の本店でしたから、平日は午後3時になるとシャッターが閉まり、土日に街を歩いても閑散としていました。今は当時とは180度違った、本当の意味でのまちに生まれ変わっています。そうなって初めて、イノベーションを生むコミュニティとしての素地ができてくるのだと思います。
欧米と日本で異なる、コミュニティの成り立ち
丸山:
最後のトピックに参ります。日本の組織や人々の性質を踏まえた上で、「イノベーションを生むコミュニティをどう根付かせていくのか」が、我々日系企業にとって喫緊の課題だと思います。皆さんどんな観点をお持ちでしょうか。
吉野:
日本の社会というものはもともと、コミュニティの中にコミュニケーションがありました。先ほど石川さんのお話にあった学研都市の例にしてもそうですが、あるエリアにいろいろな企業が集まったとしても、そもそもその一つひとつがコミュニティであり、それぞれの企業の中でコミュニケーションが閉じている。その状態を保ったまま、日本の産業は発展してきました。
海外の企業には、「コミュニケーションをつないでいけばコミュニティが出来上がる」というマインドがもともと根付いています。SNSの普及を見ても、既存のコミュニティ内でのコミュニケーションに適したLINEが日本では最初に受け入れられた一方、海外で受け入れられたのは、Facebookのようにコミュニティがどんどん拡大していくアプリでした。一口にSNSと言っても、それぞれコミュニケーションのしくみが異なるのです。

さまざまなSNSが普及した今、日本の若者にも「ブラウザ検索しない」世代が出てきました。わざわざホームページを閲覧しなくても、欲しい情報をある程度収集できることに多くの人が気づき始めています。ここに、日本におけるリビング・ラボをはじめとするコミュニティづくりのヒントが隠されていると思います。
石川さん:
昨年、FCAJ(※9)で海外のリビング・ラボのリサーチをしました。欧米のリビング・ラボは、産・官・学・(市)民の連携が上手くできていて、四つ巴で壮大な社会実験に取り組んでいます。官が、地域として取り組むべき課題をセッティングし、そこに学の知見、企業のノウハウ、そして市民の意見を加えることで、課題解決の成果が最終的には市民の幸せ向上へと還元されるようなしくみをつくるという構図です。
※9 イノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織。
日本におけるリビング・ラボの事例の多くは、おそらく、地域と言いながらも自発的に集まった問題意識の高い市民の方々による活動が中心で、行政の関与が薄いものになってしまっているのではないでしょうか。官がきちんとコミットしていくことで本当の官民連携が生まれれば、欧米に匹敵するリビングラボによる課題解決の取り組みが生まれると思うのです。
魚屋とダイバーシティ
吉野:
欧米が上手で日本が下手ということではないのですが、石川さんのお話にあった「Takeよりも先にGiveがある」というスタンスを日本のコミュニティづくりでは意識する必要があります。ステークホルダーが発信するコミュニケーションそのものがGiveである状態をつくるには、先ほども申し上げたように「Giveすること自体が幸せだ」と思える利他的なマインドが欠かせません。まずは、リビング・ラボのような場をクリエイトする立場の方々自身がそのマインドセットを身につけて、もう一段ステップアップしていかなくてはいけないのだと思います。
丸山:
「情けは人のためならず」でかつて日本各地の商店街が成り立っていたように、決して日本に根付かないわけではない、と。ネットワークへの親和性がより高い若い世代なら、さらに高度なリビング・ラボを実践できるかもしれませんね。

ナビゲーターの日立製作所 社会イノベーション協創センタ 丸山幸伸
吉野:
そうですね。地域の成り立ちにしても、もともと日本のまちにはさまざまな機能が混在していました。商店街や住宅や学校が同じエリアに共存しているのが当たり前だったところに、「ここは働くところ、ここは住むところ、ここは商業区」というように機能ごとに分けてまちをつくった結果、いつしかわたしたちは、学校に通う道で魚屋に出会わなくなりました。ある意味、そういったまちづくりのスタンスが土地のダイバーシティを阻害してきたとも言えます。
「越境デザイン」の可能性
柴田:
日本の学校って、業者ではなく生徒が教室の掃除をするじゃないですか。この感覚をうまく育てていけないかなと。つまり、共有の場を自分たちでケアして大事にしていく。単に効率重視で役割を分担するのではなく、一人ひとりの役割がちょっとずつ重複している状態をつくる。そうすることで、学校以外の場所に行ったときに、掃除をしている人に思いを馳せられるようになる。ただ、石川さんの学研都市のお話のように、学校という空間でコミュニケーションが閉じてしまっている。それをどこまで外部に向けて広げていけるのかが課題だと思います。わたしたち日立の関心領域で言うと、エネルギーや交通といったインフラをどうやってみんなで担っていくかという話にも通じます。
コミュニケーションをどの程度の規模まで広げていけるのかについても、議論が必要です。SNSのようなITでのコミュニケーションを、コミュニティにどう織り交ぜるか。地域のインフラをみんなで担っていくために適切なコミュニティの大きさとはどのようなものか。それを探っていくことで、日本独自のコミュニティづくりのあり方が見えてくるのではないでしょうか。

吉野:
わたしが北海道大学で取り組んでいる活動の1つに、地域に学びの場をつくるというものがあります。学校でも家庭でも学べないようなことを、地域の人々が学び直せる場をつくることで、例えばそのまちの歴史や住民自らの手で作り上げた地図、あるいは「柴田さんちのカレーのレシピ」のような個人的なノウハウなどを残していく。まちという空間を活かして新しい学びの拠点をつくれたらと思っています。もちろん大変なことですが、その辺りは都市開発のプロの方に設計いただければと思うのですが、いかがでしょうか。
石川さん:
わたしが担当しているNIKKEN ACTIVITY DESIGN Lab.では、「越境デザイン」を活動のコンセプトに取り組んでいます。それこそ役割でセグメントされたものを横串で捉え直したり、既存の枠からちょっとだけはみ出ていくところにデザインの妙味を見出したりと、新しいアクティビティを生むことにチャレンジしています。まさに今お話しされたような場をデザインするときには、この「越境」というコンセプトが非常に大事になってきます。人に対しても、行動に対してもそういう捉え方をすることで、丁寧に空間や場をデザインすることがこれからの社会で非常に大切になると改めて感じています。
吉野:
「越境デザイン」。魅力的なワードですね。
丸山:
今日はそれぞれのお立場から「越境」して来られた3名の方々にお話しいただきました。今回のテーマである「社会イノベーションとコミュニティ」は、「社会イノベーションという難しいことをみんなで力を合わせてやりましょう」という非常にシンプルなことではありますが、そこにはマインドセットなりこれまで培ってきた文化なり、これからつくっていかなくてはいけない文化なりと、さまざまな要素が含まれています。本日の議論を通じて、その一端が見えてきたかなと思います。皆さん、ありがとうございました。
協創の森ウェビナー:第11回 対談「コミュニティ創生のためのデザイン」
www.youtube.com
石川貴之
株式会社日建設計 執行役員/新領域開拓部門 イノベーションデザイングループプリンシパル/新領域ラボグループ プリンシパル
1987年、日建設計に入社。専門は都市計画。入社以来、施設企画から大規模開発まで幅広く建築と都市に関する業務を担当。2004年から東アジアを中心に都市デザイン業務を担当したのち、2008年に日建設計総合研究所に転籍。2009年から2年間、日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)に出向し、政策提言活動に携わる。近年は郊外再生まちづくりのほか、インフラシステムの海外展開業務でスマートシティやTOD(公共交通主導型都市開発)の案件組成を支援。筑波大学客員教授、日本都市計画家協会正会員。一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)理事。

吉野正則
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ シニアプロジェクトマネージャ
北海道大学 社会・地域創発本部 本部長/COI,COI-NEXT拠点長/特任教授
エミプラスラボ合同会社 代表
1980年、日立製作所に入社。アメリカ駐在を経て、Audio/Visualの商品企画、マーケティング、事業企画を担当。また、インフラやヘルスケアなどの新事業創出事業を推進した。2015年、文部科学省/国立研究開発法人 科学技術振興機構の北海道大学COI「食と健康の達人」拠点長に就任。2016年、日立北大ラボ 初代ラボ長に就任。2021年からCOI-NEXT(共創の場)で「こころとカラダのライフデザイン」プロジェクトリーダーを務めている。

柴田吉隆
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部
主管デザイナー
1999年、日立製作所に入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当したのち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在はデザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインプロジェクトのリーダーを務める。

丸山幸伸
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
プログラム1「社会イノベーションとコミュニティとの関わり方」
プログラム2「コミュニティ創生のためのデザイン」
プログラム3 「企業の立場でリアルなコミュニティに関わり始めて思うこと」



