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日立製作所研究開発グループがゲストとともにこれからの社会を考える語り合うシリーズ。今回はエアモビリティをテーマに慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)教授 山形与志樹さんをお迎えし、研究開発グループ グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長の中津欣也とデザインセンタ 主管デザイン長の丸山幸伸がお話を伺います。Vol.1では、SDMの研究概要や実際に行われたシミュレーションの具体例を提示しながら、環境負荷を低く抑えながらもウェルビーイングな暮らしを実現するまちづくりにおいて、シミュレーションデータがどのように活用されているかを語り合います。

[Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」
[Vol.2]慶應大と日立がともに取り組むエアモビリティ開発
[Vol.3]データで伝える“空飛ぶクルマ”の価値
[Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する
[Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする

画像: 大学時代に打ち込んだ細胞性粘菌のネットワーク研究の延長線上にいまの研究テーマがある、と話す山形さん。

大学時代に打ち込んだ細胞性粘菌のネットワーク研究の延長線上にいまの研究テーマがある、と話す山形さん。

細胞性粘菌から都市計画まで、ネットワークを研究する

山形さん:
私は現在、慶應大学の日吉キャンパスで「カーボンニュートラル」と「ウェルビーイング」を実現する未来都市のかたちについて、都市システムデザインというアプローチで研究しています。まず初めに、個人的な研究の出発点と現在の研究との不思議な関係について少し紹介させてください。大学時代は教養学部という理系と文系の中間の学科で研究をスタートしました。最初は細胞性粘菌という変わった生物の研究をしていました。細胞性粘菌は、普段は単細胞で生活しているのですが、飢餓状態になるとお互いに危険信号を出し合って集合体となり、餌がある遠くに移動して、また単細胞に戻るという不思議なライフスタイルを持っています。私は、シャーレの中で細胞性粘菌を培養して顕微鏡で日々観察しつつ、その集合現象を偏微分拡散方程式でシミュレーションする研究をしていました。細胞社会学という分野の研究になるかと思います。

丸山:
細胞社会学!かなりパンチのあるワードですね。

山形さん:
細胞間で化学物質を信号として走らせて、「危ない。集まれ!」という信号が来ると、「じゃあ、そっちに行こう」と集合します。でも「この信号は本物じゃないかも?」と、偽信号かどうかも考え直しながら集まってくることもあるんです。

丸山:
分散と集中が繰り返されるのは、まるでコンピュータの変遷のようで面白いですね。

山形さん:
そうなんです。細胞性粘菌が形成する、今風に言えば分散型自律組織(DAO)のようなものを、イリヤ・プリゴジンの散逸構造理論を応用して、細胞間コミュニケーションによる協働現象として分析しようと考えたのです。私が卒業した東大のその学科は「システム基礎科学科(後に広域科学科に改名)」という、8名しか学生がいない新設学科でした。工学系、社会系、自然系の多くの先生方から、多様な分野を横断するシステムについて学ぶことができました。その後、つくば市にある国の研究機関に就職し、気候変動に関係する研究に30年間従事しました。その間も、実は大学の時に魅了された研究テーマを、自然生態系や都市システムの研究に応用してきただけのような気もします。
また20年ほど前からは、「気候変動政府間パネル(IPCC)」の代表執筆者(LA)になっており、去年出版された第6次評価報告書では新設された「都市システム」章のLAを担当しました。2年前に着任した慶應大学でも、これまでの研究経験を生かして、持続可能な都市システムのデザインについて教えています。ちなみに、このIPCCの報告書は1冊1000ページ以上ありますが、公開されていますので是非皆さんもお読みください。

丸山:
すごい!このお話の幅と密度や量は、ChatGPTに要約してもらわないと(笑)。

山形さん:
そうですね、自分でも説明できなくなって困っています(笑)。さらに政策と科学との関係についても少し触れますと、気候変動問題では、私自身も政府代表団に入って京都議定書に関する国際交渉のお手伝いを数年間していたのですが、国際条約としてパリ協定ができ、全世界の温室効果ガスの排出量を「2050年までにカーボンニュートラルにする」という目標に合意できたことは画期的なことでした。しかし実際に、カーボンニュートラルを実現する主体は、都市や企業です。このため、現場のステークホルダーの皆さんと一緒に対策を検討し、研究に取り組み、成果を社会実装する共創のプロセスが極めて重要です。

大学に着任する際、特にこの持続可能な未来社会を共創することの重要性に着目して、「未来社会共創イノベーション研究室」を立ち上げました。現在、環境と健康の好循環を作り出す未来社会のビジョンについてプロジェクト研究を実施しています。実際、いくら快適でも都会のマンションの部屋にずっと籠っていては健康にはなりません。まちの中を歩くことも大切ですが、海や山の自然の恵みが豊かな地方に二地域居住し、カーボンニュートラルで渋滞のない新しいモビリティでスムーズに移動できれば、環境と健康の好循環が実現できると考えています。

画像: 山形さんが考えるいくつかの研究テーマについて、どれから始めると効率が良いのかという問いにははまだ答えが出ていない。

山形さんが考えるいくつかの研究テーマについて、どれから始めると効率が良いのかという問いにははまだ答えが出ていない。

カーボンニュートラルでウェルビーイングな社会に必要な研究テーマとは

山形さん:
持続可能な未来社会の実現に向けては、いくつかの大きな目標を同時に考える必要がありそうです。この目標の間にはトレードオフがありますので、どのようにしてシステム全体を最適化するかが、未来社会をデザインする研究では重要になると考えています。1つ目はカーボンニュートラル、脱炭素化です。2つ目がウェルビーイング。これには健康向上に加え、気象災害や熱中症対策なども入ります。3つ目が地域循環共生で、自然共生型の生活基盤として、地域での循環型経済の確立を目指します。そして最後は、地域コミュニティの活性化です。以前からシェアリングエコノミーが注目されていましたが、テレワークが可能となって、二地域居住でも地域コミュニティの重要性が注目されています。これらの目標をどう組み合わせて実現するかが、私の研究室での重要な研究テーマとなっています。

実は今日ここへ来る途中、「一石三鳥」という名前の焼鳥屋さんが目にはいり、この研究テーマを「一石三鳥」で最適化することができればいいなと思いつきました(笑)。カーボンニュートラル、ウェルビーング、地域循環、コミュニティ活性化のうち、どの石を投げると他の3つに当たるでしょうか。初めに投げてみたくなる石は、カーボンニュートラルでしょう。それが地域でのウェルビーイングを増大させ、地域循環圏が形成されてコミュニティ活性化が実現するとなれば万々歳ですね。しかし、もしかすると、地域コミュニティの活性化によるシェアリングエコノミーの実現が本質的な課題であり、他の目標が実現するための必要条件となっているかもしれません。この順番は重要なポイントですので、後でまた議論できればと思います。

画像: 山形さんも中津も、二酸化炭素の排出量データを目に見える形で表現することが、脱炭素化の後押しになると考えている。

山形さんも中津も、二酸化炭素の排出量データを目に見える形で表現することが、脱炭素化の後押しになると考えている。

“目に見える”CO2で脱炭素を促す

山形さん:
今後、欧米でも、「スマートシティ」が本格的に社会実装できるまでには時間がかかると思われます。個人情報などの倫理的な問題があるので、AIが都市管理に利用される方法については日本でもしっかりと議論を積み重ねる必要があります。しかし同時に、気候変動問題は遠い将来ではなく、今日起こっている問題ですので、スマート技術をリアルタイムの気候変動対策に活用することは、特に我が国では喫緊の課題だと言えるでしょう。

そこで、自治体レベルでの気候変動対策の検討に役立てようと、私達の研究チームで数年間開発を進めてきたのが、ビッグデータをAIで分析する「都市炭素マッピング」という手法です。CO2については毎日のようにメディアで取り上げられていますが、CO2を自分の目で見た人は誰もいないわけです。目に分光センサがついている人がいれば別ですが(笑)

脱炭素化といっても、CO2が目に見えないために何をどうすればよいのかがピンとこないという難しさがあります。そこで、都市の建物一軒ごとの構造や面積、従業員数をGIS※に整備して、さらに、携帯電話の位置情報から、オフィスや店にいる人数や、すべての道路でのクルマの走行量をリアルタイムで把握して、エネルギー利用量を推定することで、時空間で詳細なCO2排出量を可視化する手法を開発しました。

※地理情報システム(Geographic Information System)

たとえば、渋滞している道路から排気ガスと一緒にCO2がたくさん出ているのは感じられるのですが、ほぼそれと同程度のCO2が夕方のビルにおける電力利用からも排出されていることがムービーでわかります。排出場所や規模感が可視化されると、今後の脱炭素化に向けて、建築と交通における対策の優先度が直感的に分かるようになります。

中津:
脱炭素化において、そこに住んでいる人のマインドセットってとても重要だと思うんです。どこで誰がどのくらいのCO2を排出しているのか、視覚的かつマイルドに表現されていると、住人がカーボンニュートラルを意識し始めるきっかけになる気がします。

山形さん:
このデータをビルオーナー企業の方に見ていただくと、「うちのビルからこんなにCO2が出ているのは大変だ!」という反応があったりもします。今後、カーボンプライシングが進んでいけば、脱炭素化対策が付加価値を生み出すビジネスになりますので、炭素マッピングを見て、まだこれだけ減らす余地があるとポジティブに捉えられるのではないかと思います。また、脱炭素化対策の推進のためには、排出量だけでなく、エネルギーマネジメントのメニューの実施に伴う排出削減ポテンシャルの可視化にも取り組んでいく必要があるでしょう。

中津:
渋滞によって発生するCO2についても、車の通る地域やエリアの道路事情に大きく左右されます。恐らくまちづくりの当初は、利便性や距離を重視してレイアウトが作られてきたと思います。もし、CO2の排出量を起点としたまちづくりができれば、モビリティはもとよりさまざまなシステムからの排出量を下げることにつながると思います。最近耳にする空を飛ぶクルマやエアモビリティもその一つの解ではないでしょうか。モビリティ分野では、違う形でまだまだ削減できる余地があるように思いますが、なかなか意識されません。でも、こういったデータを見ると意識が向いていくのではないでしょうか。今後導入が進むEV(Electric Vehicle)を例にすると、走行に余った電気をまちの中で有効に活用できれば、一石三鳥に近づける気がします。

山形さん:
そうですね。今後大量にEVが地域に導入されれば、それらを蓄電池として利用することで、地域電力のレジリエンスが高まります。更には地域の再生可能エネルギーと組み合わせて、グリーン電力を地産地消できるようになる可能性もあります。さらに住宅やオフィスの省エネと推進と組み合わせることで、地域レベルでの脱炭素化は、現時点でもすでに現実的になりつつあり、脱炭素化先行地域での対策が進みつつあります。実際に、地域ごとの気象条件やエネルギー利用の特徴をうまく活かしつつ、考えられるエネマネ対策を組み合わせて地域の脱炭素化政策を検討する際に、政策効果の可視化ツールの一つとして、都市炭素マッピングを活用していただければと期待しています。

同じようにビッグデータを使った気候変動対策ツールに、パーソナライズされた暑熱リスク評価手法に関する研究があります。リモートセンシングで地表の温度を測り、そこを歩いている人の歩行履歴に、年齢や既往症などの情報を掛け合わせると、熱中症になるリスクをセミリアルタイムで予想できます。そうすると、熱中症リスクの高い人への対策を、たとえばヒアラブルデバイスのイヤホンを使ってお伝えすることができます。

私の研究室で取り組んでいる「未来都市のシステムデザイン研究」では、次世代EVや空飛ぶクルマ等のモビリティがMaasとして統合され、大規模に導入される未来の都市はどのようなものになるのかをシミュレーションしています。例えば、これまでのような駅を中心として形成される都市のかたちは大きく変化することでしょう。

従来のクルマ中心の市街地では、舗装された道路インフラが都市の中で大きな面積を専有してきましたが、次世代EVは走行中給電で走ることができるため、駐車場も充電設備も不要になります。また次世代EVは一定の軌道を正確に走れるので、道路を舗装する必要がなくなり、都市全体を緑化することも可能です。

さらに、エアモビリティであれば、道路すら必要としません。エアモビリティの離発着場が、クルーザーを含めて、陸と海と空のモビリティ間でスムーズな乗り換えを実現するバーティカルポートとして、未来都市における新しい玄関口となります。さらにこれに各種複合施設を組み合わせることができれば、バーティカルハブが都市の中心的な機能を果たすことになるでしょう。このような未来の都市の姿を、デジタルツイン空間でシミュレーションして、メタバースで体験できる研究プロジェクトを今年度から新たにスタートします。

次回は、慶應大学院SDM研究科と日立製作所が共同研究に取り組むに至ったきっかけと目的を振り返りつつ、エアモビリティが解決すべき課題やその先に求められる都市づくりのあり方について語り合います。

画像1: [Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

山形 与志樹
慶應義塾大学大学院 SDM研究科教授(未来社会共創イノベーション研究室)

東京大学教養学部卒(学術博士)。30年勤務した国立環境研究所の主席研究員から現職。未来社会共創イノベーション研究室を創設し、空飛ぶクルマなどの新しいモビリティを活用する革新的な都市システムデザインの研究に取り組む。専門は応用システム分析。著書には「都市システムデザイン:IoT時代における持続可能なスマートシティーの創出」(エルゼビア)、「ビックデータを用いる空間解析」(アカデミックプレス)、「都市レジリエンス:変革的アプローチ」(シュプリンガー)他、国際誌に約300の査読論文を発表。国際応用システム研究所客員研究員、統計数理研究所客員教授、東京大学、北海道大学、上智大学非常勤講師。

画像2: [Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

中津 欣也
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長(Distinguished Researcher)

日立製作所に入社後、産業機器の研究開発を担当。2000年から車載向け駆動システムの研究開発を立上げ、2012年にパワーエレクトロニクスシステム研究部の部長に就任、自動車向けの駆動システムや充放電システムの開発を牽引。2018年に主管研究長に就任と共に電動システムラボを開設しラボ長を兼務。2020年に電動化イノベーションセンタ主管研究長に就任。市村地球環境産業賞、大河内記念賞、文部科学省文部科学大臣表彰、つくば奨励賞などを受賞。2023年4月より現職。

画像3: [Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

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