[Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」
[Vol.2]慶應大と日立がともに取り組むエアモビリティ開発
[Vol.3]データで伝える“空飛ぶクルマ”の価値
[Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する
[Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする
“空飛ぶクルマ”のイメージを伝える
丸山:
ここからは、エアモビリティを社会に実装するという観点で話を進めたいと思います。まちの合意形成の中で、データを“見える化”していろんな人と共有していくことについて、田中さんはご経験があるそうですね?
田中:
そうですね。私が担当しているCyber-PoC for Citiesは、まちづくりの中で、住人や自治体、一般企業の方が合意形成するための支援手法として開発をしています。
丸山:
エアモビリティなどで出来上がってくる新しい都市の、モビリティのケイパビリティをみんなで合意形成していくという話が出たとき、どういったことが実現できそうだと思われましたか?
田中:
そこに住んでおられる皆さんが、エアモビリティをどう思われているのか?という点が気になります。反対をされている方も多いかと思います。社会に受容されないと、サービスとして成功させるのは難しそうです。では、なぜ反対されているのだろう?と考えると、分からないものに対して不安を抱かれるからではないでしょうか。ある調査結果では、「エアモビリティや空飛ぶクルマのことを知っていますか?」という問いに対して、67%の人が知らないと答えたそうです。そこでまず初めに、エアモビリティとは何かということを理解してもらうのが必要だと思いました。エアモビリティ=車が空を飛ぶ、というようなイメージを抱かれると「え、大丈夫なの?車なんて飛ばないでしょ?」と思われがちです。
丸山:
鉄の塊が頭上付近を飛び回っているイメージに違和感があるということですね。
田中:
でも「飛行機って空を飛んでいますよね」とか、「ヘリコプターと同じようなものですよ」と伝えると、「ああ、アリかも」といった反応になりませんか?正しくイメージしていただく事が重要なのかなと思ったりします。
データで紐解くエアモビリティの価値
丸山:
中津さんも「たくさんのドローンが飛んでいる状態を、市民が受け入れてくれるのかどうか気になる」とおっしゃっていましたよね。
中津:
まさにいまの話に出てきた社会受容性、特に住民の方の受容性ですね。長年、鉄道も高速道路も、建設当初に、近隣住民の皆さまに事業の意図、効果や影響を丁寧にご理解いただいてきたと思います。そのときの考え方として、いろんな課題はあるものの、駅が近くにできることで駅周辺が住みやすくなるなど、プラスの価値を感じていただけるよう配慮されてきたわけです。ではエアモビリティの場合、それはあるのだろうかと。先ほど、地域ごとにエアモビリティの導入の仕方や使い方が変わってくるという話をしましたが、それとも大きく関係しています。特に郊外や山間部などに行くと、公共交通機関がほとんどないので車に頼っていますが、その目的は定期的な通院やお買い物など、頻度の低いものです。それを、二酸化炭素を減らすためにEVに変えていくとなったとき、月数回しか使わないのに新しいEVを買わなくてはいけないというような課題が出てきます。そこで、移動機会が少ない人が集中しているエリアではインフラとして乗り合いのEVやエアモビリティをタクシー替わりに使っていただくなど、いままでにないモビリティの価値を、まちやそのエリアの特徴をきっちり分析して、地域の方と共に創り上げて提供していくことが大事です。ここがまさに我々の研究の中心になりますし、山形先生が進められようとしているSIP(内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム)の中でも、数字や画像として住人の方が見て感じて頂けるツールやルール形成の土台創りが始まろうとしており、非常に重要な研究なのではと思います。
丸山:
価値とトレードオフを予め、皆で議論できるようになるというでしょうか?
中津:
そうですね、不時着時の危険性など、エアモビリティの導入によって生じうるものも相応にあります。ただ海外の例で言いますと、物流向けのエアモビリティが飛ぶエリアや道筋の価値を理解した上で、住民が合意するケースもではじめています。こうした合意形成が今後も進むのではないかなと思います。2022年12月には、日本でもドローンの私有地飛行や商用利用が可能になるよう法律を改正するという発表があったので、ドローンの価値をもっと感じたいという方が徐々に増えてきています。今後エアモビリティにも、それと同じような流れが来るのではないでしょうか。もちろん、高い安全性を保ったり、騒音などの害を減らす必要もあるのですが、並行して開発をすすめることで、合意しやすい環境や価値をデジタルでも見て、実際に体験する環境づくりが進むことを期待しています。
エアモビリティに対する負のイメージを払拭する
田中:
不安が拭われると次は「自分にメリットがあるのか?」というところが非常に重要なポイントになると思っています。住民の方々からしてみれば、自分の家の上を飛ぶのに、自分に何のメリットもないのは面白くない話だと思うんですよね。だからなかなか納得がいかない、受容できないという思いと繋がってしまうのかなと思ったりもします。なので、エアモビリティだからこそ得られる身近なメリットとしてこんなものがありますよとイメージをしてもらうための、可視化や体験が必要かもしれないと思います。
丸山:
先生のご関心領域のど真ん中じゃないかと思いますが、どのようにお考えですか?
山形さん:
まだ自分のメリットが実感できない段階で、新しい技術の社会受容を考えるのは難しいですね。自分ごととしてメリットがあるか?と考えてみれば、救急車が家の前を通った時に「救急車うるさいぞ!」って市役所に電話する人はあんまりいないじゃないですか。それって、いつか自分が緊急搬送された時にお世話になるな?と感情移入できるからです。ただ、全く新しい技術が初めて社会に入ってくる時に、それが受容されるまでの道のりはそれほど簡単ではないと思います。空飛ぶクルマは、当面は海か川の上を飛んで、安全に緊急着水できるようなものにして、徐々に社会的な有用性が認知されてゆく必要があるかなと思います。
実は、40年間のつくばでの運転経験があるにも関わらず、私はいまだにクルマを運転するのが怖くて仕方ないんです。交通量の多い幹線道路を走っていると、ハンドルをちょっと切っただけでトラックと正面衝突しますし、反対のこともいつでも起きうるわけですよね。合理的に考えてこれだけ危険なクルマが社会的に受容されていることの方が驚きです。すごいリスクを背負っても、大きなメリットがあるので、世界中の人がみんな自分で車を運転することを選択しているわけですね。これはあまり幸せな状態だとは言えないでしょう。
科学的にリスクを評価すると、車より飛行機の方がはるかに安全です。将来的には、空飛ぶクルマの方が今のクルマよりもよっぽど安全な技術になる可能性は高いと思います。実際、自動運転の技術も急速に発展しています。今はまだ社会的には未熟な段階ですが、今後どんどん技術が発展していく中で、すべてのモビリティが自動運転でつながるMaaSの方がよっぽど安全で安心だと、どこかで世論が転換する可能性は高いと思います。
次回も引き続き山形さんを囲んで、中津と田中が、まちづくりにおけるエアモビリティ導入の課題やメリットについて、より具体的な議論を交わします。
山形 与志樹
慶應義塾大学大学院 SDM研究科教授(未来社会共創イノベーション研究室)
東京大学教養学部卒(学術博士)。30年勤務した国立環境研究所の主席研究員から現職。未来社会共創イノベーション研究室を創設し、空飛ぶクルマなどの新しいモビリティを活用する革新的な都市システムデザインの研究に取り組む。専門は応用システム分析。著書には「都市システムデザイン:IoT時代における持続可能なスマートシティーの創出」(エルゼビア)、「ビックデータを用いる空間解析」(アカデミックプレス)、「都市レジリエンス:変革的アプローチ」(シュプリンガー)他、国際誌に約300の査読論文を発表。国際応用システム研究所客員研究員、統計数理研究所客員教授、東京大学、北海道大学、上智大学非常勤講師。
中津 欣也
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長(Distinguished Researcher)
日立製作所に入社後、産業機器の研究開発を担当。2000年から車載向け駆動システムの研究開発を立上げ、2012年にパワーエレクトロニクスシステム研究部の部長に就任、自動車向けの駆動システムや充放電システムの開発を牽引。2018年に主管研究長に就任と共に電動システムラボを開設しラボ長を兼務。2020年に電動化イノベーションセンタ主管研究長に就任。市村地球環境産業賞、大河内記念賞、文部科学省文部科学大臣表彰、つくば奨励賞などを受賞。2023年4月より現職。
田中 英里香
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
サービスシステムイノベーションセンタ 社会インフラアーキテクチャ研究部
主任研究員(Chief Researcher)
日立製作所入社後、ユビキタス社会におけるユーザビリティを考慮したサービスや認証技術の研究開発を担当。その後、サービス工学の研究に従事し、エネルギー、産業・流通、交通など多岐にわたる事業分野において、ビジネスダイナミクスを活用したサービス評価技術などを研究。2017年度からCyber-PoCの研究開発に従事し、現在デジタルスマートシティを支えるCyber-PoC for Citiesの研究を推進している。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
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