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気候変動や環境問題は、世界中のあらゆる人に影響を与えるばかりか、まだ生まれてきていない将来の世代にも多大な影響を与えます。だからこそ、グローバル/ローカルの両方の規模で、多様な人々で集い、どのような未来を望むのか?(あるいは望まないのか?)を議論することが重要です。そんな課題意識から、神戸大学と日立製作所はSFプロトタイピングを用いたワークショップを開催しました。Vol.1でも登場した、神戸大学大学院法学研究科教授の島村健さん、公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)フェローの前田利蔵さん、日立製作所研究開発グループ デザインセンタリーダ主任研究員の森木俊臣に加えて、同デザインセンタの物井愛子とともに、脱炭素社会の実現や環境問題の解決を私たち一人ひとりが自分ごと化するためのアプローチを探っていきます。

※本記事に記載の所属、役職については、2023年3月に取材した時点のものです。

[Vol.1]気候危機に立ち向かうために、アカデミアとビジネスはどう連携する?
[Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性
[Vol.3]トップダウンとボトムアップの連携が、気候変動対策のカギを握る?

ワークショップを通じて、環境問題を自分ごと化する

SFプロトタイピングとは、想像力を駆使して未来のシナリオやテクノロジーを想定し、その未来洞察からのバックキャスティングでいま求められる事業や取り組みを思考・創造する手法です。今回、神戸大学と日立製作所が共同で実施したワークショップでは、日立製作所の制作した未来シナリオをベースとして、望ましい未来に向けたアクションを神戸大学の大学生とともに考えていきました。

画像: 神戸大学の教室の片隅で、4人のディスカッションが始まった。

神戸大学の教室の片隅で、4人のディスカッションが始まった。

──まず神戸大学と日立製作所が共同でワークショップを実施した経緯から伺ってもよろしいでしょうか?

前田さん:
神戸大学では、環境問題や脱炭素社会を学生一人ひとりに自分ごととして捉えてもらうために「脱炭素社会の地域づくり」というテーマで講義を開講しています。座学を通じて知識を獲得するだけではなく、学んだことをアウトプットして、自分に何ができるのかを考えてほしい。そんな体験を実現するためにはどのようなカリキュラムを構築するべきか悩んでいたタイミングで、博士課程の学生でもある森木さんに日立製作所のSFプロトタイピングの取り組みを教えてもらったんです。

森木:
日立製作所では、兼ねてよりさまざまな研究においてSFプロトタイピングという手法を活用していますが、今回グリーンテクノロジーの未来という難解で複雑なテーマを取り扱う際にもこの手法を用いました。現在の延長線で未来を考えることができない問題に対して、少し突飛なSFの力を借りてみる。規制や条例の多いグリーンテクノロジーや再生エネルギーといった分野においては、SF的な想像力を用いることで見えてくる望ましい(あるいは、望ましくない)未来があると考えていたんです。

業界の当たり前に疑問を持つためのSFプロトタイピング

物井:
例えば、今回実施したワークショップでは、日立製作所の制作した未来シナリオ『雨に打たれたアリとキリギリス』をベースに、神戸大学の学生の方々と脱炭素社会の実現に向けた議論をしました。そのSF小説のシナリオ(要約)は次の通りです。

時は2040年。エネルギーの自給自足をめざし、自然エネルギーと蓄電池を用いて住宅・公共施設の運営を住民主体で行うエネルギー特区が設置された。ある日、豪雨で周辺地域の電力供給が停止。周辺地域に対して電気を融通せよと押しかける人々の姿が特区にはあった。この状況を目の当たりにし、特区の住人は電力をエリアの住人のみで所有する特区のあり方を問い直す住民会議を発足した。私たちはエネルギーを公共財として運用するべきなのだろうか?地産地消のエネルギーのあり方は本当に正しいのだろうか?

参加者である学生の皆さんには、エネルギー特区の住人になりきってもらい、「災害時に非特区住民に対して電力を融通すべきか?」をディスカッションしてもらいました。「地産地消のエネルギーのあり方の是非」という難解なテーマを、問題の当事者になりきりながら議論することで、自分ごととして捉えてもらうことを期待しての設計です。

画像: ワークショップで提示したSF小説の内容や、その設計から期待される効果について説明する物井

ワークショップで提示したSF小説の内容や、その設計から期待される効果について説明する物井

島村さん:
物語の主人公になりきる即興演劇というスタイルは面白いですよね。学部の授業を通じて、環境問題に対する包括的な知識をインプットしてから脱炭素社会の実現に向けたアプローチをアイディエーションすると、制約条件がありすぎて既に議論されているような凡庸なアイディアやソリューションしか出てこないことが多々あります。

ただ、今回のようにSFプロトタイピングの手法を通じて、未来の物語の主人公になりきることで、既存の思考のフレームワークを外した自由な発想ができるようになると感じています。そもそもなぜ脱炭素社会やグリーンテクノロジーが重要なのかという前提に立ち返ることで、社会の慣習や法整備といった業界の当たり前に対して疑問を持てることがSFプロトタイピングの真価ではないかと思います。

「議論を楽しむ」文化をつくる

──実際にワークショップに参加した学生さんからはどのような意見やフィードバックがあったのでしょうか?

物井:
環境問題という難解なテーマをこんなにも楽しく議論できるんだ、という感想をもらえたのが印象的ですね。SFプロトタイピングは未来構想を民主化する方法論とも言われており、議論参加へのハードルを下げることが目的のひとつです。感想をくれた学生さんは、今度は自らが主催してSFプロトタイピングのワークショップを実施してくれたようで、よい循環が生まれているなと感じています。

前田さん:
教育的な観点からしても、楽しみながら議論ができるというのはとても重要なことだと思います。日本は議論を楽しむという文化が育っていないように感じています。欧米であれば、ディベートやワークショップをするとなると、議論そのものを楽しみに人が集まる。脱炭素社会の実現のためには、まず議論を楽しむという文化をつくることも大事かなと思っています。

森木:
ワークショップを計画するにあたって、参加者にどのようなインセンティブを設計できるのかはずっと悩んでいる問いだったのですが、前田さんの話を聞いてハッとするところがありました。教育的な視座を提供するというよりも、まずは参加を楽しんでもらう。とても大切ですね。

島村さん:
参加者のモチベーションという話でいえば、学生たちは“つながり”を求めていると感じます。同じ視座を持つ仲間と出会いたいという学生が多いんですよね。脱炭素社会の実現というテーマに一人の力で挑むのは難しいけれど、同じ視座を持つ仲間と出会ってともに議論することで、見える世界が広がるかもしれない。そんな期待感を抱いているのではないでしょうか。ワークショップを通じて、参加者とともに未来を探索していく姿勢こそが求められているはずです。

画像: 「議論を楽しむ」文化をつくる

次回は、国際的合意、各国の法制度、社会インフラの構築などのトップダウンでの取り組みと、市民や地域内での実践や取り組みといったボトムアップの動きをどのように連携させればよいのかを議論していきます。

画像1: [Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性|“地域づくり”から考える、「脱炭素社会」へのロードマップ

島村 健
神戸大学 大学院法学研究科 教授

2001年、東京大学法学政治学研究科博士課程単位取得退学。2004年まで日本学術振興会特別研究員(PD)。2004年、神戸大学大学院法学研究科助教授。2012年より現職。2023年4月から、東京大学ビジネスロー・比較法政研究センター・客員教授も務める。

画像2: [Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性|“地域づくり”から考える、「脱炭素社会」へのロードマップ

前田 利蔵
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
関西研究センター フェロー

専門は都市環境管理や都市環境政策。青年海外協力隊(ガーナ国)、建設技研インターナショナル株式会社、UNDPマレーシア事務所を経て現職。北海道大学工学部衛生工学科卒、サセックス大学大学院環境・開発政策修了。

画像3: [Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性|“地域づくり”から考える、「脱炭素社会」へのロードマップ

森木 俊臣
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 社会課題協創研究部 リーダ主任研究員 (Unit Manager)

1999年、九州大学大学院システム情報科学研究科知能システム学専攻修了。同年株式会社日立製作所入社、企業向けストレージの管理ソフトウェア研究開発等を経て、社会課題解決型の新事業創生活動に従事。

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物井 愛子
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ ストラテジックデザイン部 企画員

2019年入社。エスノグラファ、デザインリサーチャーとして業務現場・生活者へのインタビューとエスノグラフィ調査を通じた、製品改善やソリューション・事業創生支援に従事。近年は、SFプロトタイピングや定性調査手法などを企業の研究開発に応用するデザイン方法論研究および実践にも携わる。

[Vol.1]気候危機に立ち向かうために、アカデミアとビジネスはどう連携する?
[Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性
[Vol.3]トップダウンとボトムアップの連携が、気候変動対策のカギを握る?

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