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日立製作所 研究開発グループでは、未来を描くための「問い」として、人々の変化のきざしを捉え、「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方や行動をとるようになるかもしれない」という観点でまとめています。(※)今回は、疑似体験を得る手法として関心が高まるボードゲームの可能性について、ボードゲームデザイナーとして活躍する株式会社VITA の 宮﨑雄さんにお聞きしました。

※詳しくは「きざしを捉える」を参照

画像1: 安心して失敗できる場を。ボードゲームが学びを触発する| きざしを捉える

宮﨑 雄
株式会社VITA
ボードゲームデザイナー

1992年生まれ。企業の課題を解決するボードゲームの制作やコンサルティングを手がける。『トポロメモリー』『サラダマスター』など一般向けのボードゲームの出版も多数。

note:https://note.com/zkmymkz
Twitter:@zakimiyayu

環境や身の回りの人間関係が複雑かつスピーディーに変化するなか、状況をひもとき、必要な情報を得て判断し活用する能力はますます不可欠なものとなっています。そして、その能力を養うため、カギとなるのが、「成功と失敗」といった疑似体験を経るということです。例えば、社員研修や教育分野においては、VRを活用した体験が実現しつつある一方で、多くの企業や団体が、ボードゲームのようなアナログな手法を用いた体験に着目しています。

未来の社会を考えるコンテンツ「きざしを捉える」では、一般ユーザーから企業の研修向けまで、さまざまなボードゲームの企画・制作、コンサルティングを手掛けるボードゲームデザイナーの宮﨑雄さんに、ボードゲームだからこそ得られる擬似体験とその可能性についてお聞きしました。

宮﨑さんは、取材時(2022年1月)は株式会社バンソウに所属、2022年4月からは株式会社VITAに活躍の場を移し、引き続き、ボードゲームの可能性を広げています。

疑似体験を通して楽しく学ぶ

――ボードゲームで遊んだことはあっても、つくったことはない人が多いのではないかと思います。まずはその制作工程について教えてください。

  1. 目的やテーマを具体的に設定して、そこにつながるゲームの案や仕組みを模索する
  2. 仮説を立てて試作をつくる
  3. 試作のテストプレイを経てリリース

ざっくり言うとこのような流れで制作します。体験をデザインすることが求められるため、試作やテストプレイは必ず行います。

テストプレイでは自分以外の人にプレイしてもらって、ゲーム中の表情や会話を観察したり、ゲーム後の感想を聞いたりします。また、ボードゲームに慣れている人/慣れていない人など、なるべく多くの属性の方にテストを実施して、仮説との擦り合わせをします。

――設定したテーマや目的は、どのようにボードゲームに落とし込んでいくのでしょうか。

初期の段階で、テーマや伝えたいメッセージなど細かいところまで検討し、その上で、そのテーマやメッセージが伝わる条件や体験といった要素をリサーチします。

企業向けのボードゲームをつくる場合も基本は同じです。ただ、すでに明確なテーマや目的、課題感を持ってお声掛けいただくことが多いため、メッセージが伝わる瞬間や体験といった要素をリサーチするところからはじめます。

例えば、チームビルディングがテーマであれば、「チームがうまく動いている」とはどういう状況で、その要因は何かといった具体的な声を制作に関わる方々から吸い上げて、それがメッセージとしてプレイヤーに伝わるように各要素に分解し、ゲームに落とし込んでいきます。

画像: テストプレイでは観察だけではなく、プレイヤーから感想を聞くのも大切だという

テストプレイでは観察だけではなく、プレイヤーから感想を聞くのも大切だという

――研修や教育などでボードゲームを活用する効果についてどのようにお考えですか。

座学の場合、インプットとアウトプットの機会が分かれることが多いため、応用のハードルが高いこともあるかと思います。ゲームを通じて、実際のケースに近い疑似体験から学びを得たほうが、色々とイメージしやすいですよね。

例えば、中高生向けにITリテラシー教育を目的として制作したボードゲームがあります。インターネットでは、位置情報や検索キーワードなどさまざまなデータがやり取りされ、利用者が意識しないところで活用され、サービスの利便性向上につながっています。このゲームでは、ゲーム内で起こるさまざまな問題に対して決断と行動を繰り返しながら、データとサービスの関係について学べるようにしました。中高生にとっては、ことばだけで説明されてもわかりづらいし、何より面白くない。ゲームとして遊びながら体験してもらったほうが、理解もしやすく楽しく学べるはずです。

「学び」を目的としているゲームは、その目的を達成することが最優先にはなりますが、だからといって面白さを犠牲にするようなことはしません。そのためにも、私自身がプレイヤーとしての感覚を失わないように意識して制作に携わっています。

安心して失敗し、精度の高い振り返りもできる

――以前書かれたnoteにおいて、OJTでは「学習者の心理的安全性を損なう」「学習フローが整備されていないことも多く、指導役の能力や相性、学習者のセンスによって結果が大きく左右される」、しかしゲームであれば「安心して失敗できます」とおっしゃっていますね。

はい。「失敗してもいい」ことはもちろん、「失敗した直後にやり直せる」こともボードゲームの利点です。そのため、何回かプレイすることが前提となる、研修や教育を目的としたゲームにおいては、「1回目はほぼ失敗する(目的が達成できない)ゲームをつくりましょう」とご提案することもあります。

例えば、企業の社員研修用に制作した『アッパーランド』(株式会社スマイルガーディアン)は、経営不振になった遊園地を立て直すボードゲームです。プレイヤーは、それぞれアトラクション担当や飲食店担当となり、ルール上は3年の事業期間を設けています。

このゲームは、初めてプレイするメンバー同士だと、1年目が終わるころに破産することが多いです。それくらいの難易度にデザインを調整しています。そこで何が悪かったのかを参加者同士で話し合い、2年目以降は借金を抱えながらも立て直しにチャレンジしていくのです。

もちろん現実の事業は、ゼロイチで成功と失敗が明確に分かれるわけではなく、グラデーションになっていると思います。一方、ゲームは要素がシンプル化されているため、「あのタイミングのあのアクションが良くなかった、もしくは良かった」といった判断がしやすくなります。つまり、次の成功のために、みんなで共通認識を持ちながら、精度の高い振り返りができるのです。そんな学びのストーリー性もボードゲームの特徴でしょう。

画像: 社員研修の参加者が遊園地を運営する各部門を担当し、協力しながら再建していくゲーム

社員研修の参加者が遊園地を運営する各部門を担当し、協力しながら再建していくゲーム

――どのように、「失敗」をデザインするのでしょうか。

『アッパーランド』の場合、経営を立て直すために、例えば新規事業を立ち上げます。そのためには人材採用が必要。とはいえ、そのための資金が足りないですし、無理に人を採用したら結局経営に悪影響を及ぼしかねない⋯⋯。

このように、「この状況であれば、プレイヤーはこんな行動をしたくなるだろうな」と予測して、ある種の「罠」を仕掛けるようなイメージです。状況的にやりたいと思ってしまうであろう行動を選択肢として組み込んでおき、どう判断するのかを問うのです。

『アッパーランド』のようにチームでプレイする場合、的確な判断をするためには、チームで情報を共有し、コミュニケーションを取って、今やらなければいけないことを明確にしていかなければなりません。これによって、経営感覚や決断力を磨くことはもちろん、チームビルディングにもつながっていきます。

――チームで参加してコミュニケーションを取ること自体も有益になるわけですね。

そのとおりです。自分の行動が他人に影響を与えるという感覚を得ることは、自己肯定感につながる大事なことですよね。僕は、ボードゲームはそれがフェアにできる空間だと思います。

自分が「カード」を出したら、他のプレイヤーはルールに則って必ずリアクションをします。自分の行動に対して必ずリアクションが返ってくることって、実は、現実世界においては意外と少ないですよね。SNSで良いことを言ったはずなのに、誰も反応してくれないとか(笑)。

ただ、反応や行動にはすべて正解があるわけではありません。ゲームも、「絶対にこうしなければならない、これが正解である」と定めてしまうと、学力試験になってしまいます。一見どちらが良いのかわからないけれども、ゲームを進めていく、繰り返していくことで、「あれ、もしかしたらこっちのほうがいいかもしれない」と思うような設計を心がけています。

広がる、ボードゲームの可能性

――今後、ボードゲームを通じて扱いたいテーマや課題などはありますか。

立場の違う人同士をつなぐようなゲームをつくってみたいと思います。例えば、医師と患者とか。みんなが医師になれるわけではなく、できれば患者にはならずに生活していきたい。だから、お互いに気持ちを理解できないことがあると思うんです。僕も入院したときに初めて「入院する気持ち」がわかったし、医師にどう接してもらえると嬉しいとか、そういうこともわかった。立場の違いや普段経験できないことをロールプレイできるところもボードゲームの良さだと思っています。

また、ボードゲームはミニマルにつくれるプロダクトです。既存のゲームをプレイするだけでなく、皆さんにつくるという体験をしてもらいたい、そのためのスキルを提供していきたいですね。

画像: アイデアを形にして、誰かに届けるまでの経験で得られることは多い(写真はインディーズで制作した2作品目『ジャックと探偵』)

アイデアを形にして、誰かに届けるまでの経験で得られることは多い(写真はインディーズで制作した2作品目『ジャックと探偵』)

――自分でつくることで、より学びが深まりそうですね。そのようなゲームが持つ可能性に関して、期待の高まりは感じますか。

企業研修や教育向けのゲームだけでなく、お客さまとのコミュニケーションのためにつくりたい、デザイン思考などの理解につなげたいといったさまざまなオーダーをいただくようになり、ボードゲームというメディアへの期待の大きさを感じます。

ただ、ご依頼いただいたときによくご説明するのですが、ゲームをすることで何かが劇的に変わるということはありません。ちょっと効率よく疑似体験していただいて、後になって、行動のなかで「そういえば、ゲーム中に同じようなことがあったな」と思い出して理解の助けになる。それがボードゲームだと思っています。

最近は、ゲームの要素を入れた社内制度をつくれませんか、といったお話をいただくことも増えました。ボードゲームを通して、もっと世の中が面白くなるきっかけづくりができたら嬉しいですね。

編集後記

宮﨑さんの「自分の行動が他人に影響を与えるという感覚を得る」ということばにボードゲームの価値が集約されていると感じました。新しいかたちの街づくりが進むヨーロッパの都市では、多様なステークホルダーが関わり、変化に長い時間を要する街づくりにおけるやりとりをボードゲームで疑似体験するという取り組みがされているそうです。シーンや役割をさまざまに変えながら、今まで見えていなかった背景や立場による状況を自らが体験することで、それぞれの立場に置かれた人が何を考えて行動しているのかを考える。そんな他者に対する「想像力」が、今、人々に求められているリテラシーなのではないでしょうか。

多くの情報が生み出され、変化し続ける社会において、情報を簡略化しながら、さまざまな感情を含んだ「立場の違い」を身体的にシミュレーションできるボードゲームは、そうした「想像力」を鍛えてくれます。それが、現代においてボードゲームが求められている理由なのだと思いました。

コメントピックアップ

画像2: 安心して失敗できる場を。ボードゲームが学びを触発する| きざしを捉える

SNSによって、社会の分断は進んでしまっていると感じます。自分の考えに近い人をフォローすることで、SNS上で異なる意見に触れる機会は減っていき、時に自分のタイムラインが世界のすべてかのような錯覚を覚えます。「異なる立場」にある「お互いへの想像力」が求められるなか、ボードゲームが世界に与える変化は小さいかもしれませんが、この分断を埋める方策の一つなのかもしれないと思いました。

画像3: 安心して失敗できる場を。ボードゲームが学びを触発する| きざしを捉える

息子に「勝ち」がすべてではないことを知ってもらいたくて、一緒にいろんなゲームをやった時期があります。最初のうちは、負けるとこの世の終わりのごとく泣いてへそを曲げるんですが、またやりたくて戻ってくる。なんだったら、ちょっとズルをしようと工夫してくる。そんな息子も負けた理由を分析(浅いけど)するようになり、勝ちにこだわる弟を諭してくれるまでになりました。経験を繰り返すことで見えてくることがあるのかもしれないですね。「失敗ができる」のがボードゲームの良さということを再認しました。

画像4: 安心して失敗できる場を。ボードゲームが学びを触発する| きざしを捉える

イノベーションの普及は科学的根拠や実現容易性よりも、イノベーション導入の関係者がいかにそれぞれの立場を超えて価値観や目標、行動を同じくできるか、という点に関わっていると論文で読んだことがあります。ボードゲームを通じて、さまざまな立場の人がそれぞれの思いや価値観を共有し、その上で一緒に行動するという文化や行動様式が醸成できれば、その組織ではイノベーションが普及しやすくなるかもしれませんね。

画像5: 安心して失敗できる場を。ボードゲームが学びを触発する| きざしを捉える

小学生の頃にボードゲームが流行して、仲間と一緒にプレイし(最長で友だちの家に2泊)、あげくオリジナルのボードゲームをつくったものでした。ディテールに凝るとどんどん複雑になっていくので、面白さとのバランスの難しさに仲間と議論したことを覚えています。ルールは必須ではあるのですが、都合に流された決めごとは面白さを阻害するなど、小学生ながら学んだ記憶があります。

関連リンク

「25のきざし」Sign15:Civic Literacy

きざしを捉える

「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。

さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。

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