※詳しくは「きざしを捉える」を参照
正頭英和
立命館小学校 主幹教諭 ICT科。大阪府出身。関西大学大学院外国語教育学修了(外国語教育学修士)。Minecraftを活用した授業が認められ、2019年のGlobal Teacher Prizeにおいて、世界150カ国以上、3万人のエントリーの中から、日本人小学校教員初となるTop10に選ばれ、「世界の優秀な教員10人」となる。主な著書に『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)などがある。
私たちの暮らしを一変させた新型コロナウイルス感染症は、学校教育へも大きな影響を及ぼし、2020年には全国で一斉休校が実施されました。しかし、教育現場では、学びを止めてはならないと、オンライン授業やグループウェアを活用した課題のやり取りといった新たな試みが加速しました。
一方で、コロナ禍以前から、情報通信技術(以下、ICT/Information and Communication Technology)と学習を融合させた教育を模索してきた教育者もいます。その一人が、京都にある立命館小学校において、主幹教諭を務める正頭英和先生です。正頭先生は、『マインクラフト』を活用した英語の授業が評価され、2019年、「教育界のノーベル賞」ともいわれる「Global Teacher Prize(以下、グローバル・ティーチャー賞)」で、日本の小学校教諭では初めてのファイナリストとしてトップ10に選出されています。子どもを取り巻く教育環境が変わりつつある昨今、これからの時代における学びの在り方とは、教育と社会の望ましい関係性とは、正頭先生にお聞きしました。
子どものモチベーションの最大化と創造性の開花に向き合う
――正頭先生はこれまで、英語科とICT科を担当し、ユニークな授業を実践してこられたと伺いました。また、立命館小学校は先進的な取り組みに積極的で、世界中の小学校とオンラインでの交流機会を設けているそうですね。
はい。ただ、海外の子どもたちとの交流は、語学のハードルがある上に、何か話したいことがなければモチベーションは上がらず会話も盛り上がりません。そのため、当時世界中で流行っていた『Minecraft(マインクラフト)エデュケーション(教育)版』(© 2022 Mojang AB. TM Microsoft Corporation. )を授業に取り入れました。マインクラフトでは、プレイヤーがキューブ状のブロックを集め、自分の好きなようにさまざまな建造物をつくることができます。子どもたちにアイデアを募った結果、グループごとに京都の世界遺産をつくって、海外の小学生に紹介しようとなりました。
英語上達のカギは、失敗を恐れずに伝えようとすることにあります。また、マインクラフトのことは、私よりも子どもたちのほうがよく知っています。そこで、間違いを気にせず、英語でコミュニケーションし合うために、「授業中の会話はすべて英語」「自分たちで教え合うこと」の2つをルールとしました。
――ルールを設けることで環境は整いますが、それが子どものモチベーションに与える影響についてはどのようにお考えでしょうか。
当然、モチベーションの最大化と創造性の開花は常に意識しています。子どもは創造性の塊ですが、何もかも自由な状況下では、かえって創意工夫は生まれにくい。困った経験が少ない今の子どもたちは、「何を与えるかではなく、何を与えないか」という程よい制約によって、創造性をさらに膨らませることができると思います。今回も、「英語しか使えない」という制約が、結果として子どもたちの可能性を広げてくれました。
例えば、ある子がうまく話せないからとモジモジしていると、「あなたがしゃべってくれんと、先に進まへん」と急かす子も出てきます。すると思いきって、自分にわかるなりの英語を話すようになる。みんなマインクラフトが楽しいから、マインクラフトを進めたいがために、恥ずかしさの壁を越えるんです。そして、自分たちがつくった京都の世界遺産をきちんと紹介しようと、積極的にコミュニケーションをとるようになりました。
――その授業の手法が評価されて、「グローバル・ティーチャー賞」に選ばれました。ICTなどのデジタル領域は、もともと得意分野だったのでしょうか。
いいえ、同世代の中では平均的なリテラシーを持っている程度だと思います。ただ、2015年頃からICTツールに同時通訳機能が追加されるようになったことをきっかけに、英語学習への意識が変わりました。ことばの壁をICTが肩代わりしてくれるようになるなら、従来の「英語が話せるようになる」という学習目標が通用しない時代がくると。その先を見据えた学びの設計が必要と考え、まずは英語とICTの融合を模索しました。
英語の学びは「読む・書く・聞く・話す」に分けられます。教科書だけなら、「読む・書く」が中心ですが、映像・音声コンテンツやICTツールなどの活用によって、特に「聞く・話す」をフォローしやすくなりました。それだけでも画期的なことですが、学びにおけるICTの役割は、効率化から創造の手段へと変化しつつあると考えています。
例えば、パソコンは使う道具から創る道具になったといえます。私たちはこれまで、パソコンによる学びの効率化を重視してきました。つまり、目的地までの時間を10分から5分にしようという発想で、それが従来のICT教育でもあったわけです。
しかし、今の時代は、ICTが目的地そのものを変えてしまう。ICTがあるからこそ行けるようになったところを目的地に設定しようという発想です。そして、その発想には、クリエイティビティが大切になるのではないでしょうか。
子どもの関心を問いにつなげる3つのコツ
――子どものクリエイティビティを大切にする授業風景は、「教師から教わる」という従来の一方通行的なスタイルとは異なりますね。
もちろん、教師が教えるレクチャー型の授業もそれなりにあります。しかし、知識をどれだけ覚えたのかを重要視するのがこれまでの学習だとしたら、現在では、知り得たことをどう生かすかという点に評価の軸足が移りました。
ICTの発達により瞬時に情報が得られる時代においては、徳川の歴代将軍をすべて言えることよりも、そのナレッジを使って新しい表現を試したり、考察を深めたりする力が問われているのです。そのため、教師には、ティーチャーだけでなく、ファシリテーターの役割も求められていると思います。
例えば、立命館小学校では、課題解決型学習(以下、PBL/ Problem Based Learning)にも力を入れています。これは、子どもたちが自ら問いを立て、解決の方策を練り、探究の成果をアウトプットする授業です。工程の中でも「問い立て」は、子どもの興味や関心、モチベーションが重要になるプロセスです。大人の考えた答えありきで誘導しては、学びの意味を成しません。子どもをよく観察し、目の色が変わる瞬間を見逃さず、問いへと昇華させる働きかけが大事になってくるでしょう。
――教師側の力量が問われそうです。
そうですね。子どもたちを見ていると、関心や問いを広げるには3つのコツがあります。1つ目は、子どものモチベーションは「足がはやい」ということです。例えば、「虫捕りに行きたい!」とせがむ子どものために週末に予定を組んでも、当日を迎えたときには、こちらが拍子抜けするほどテンションが低いことも珍しくありません。そこでモチベーションを盛り返させるのは難しく、高まっているタイミングで素早くアクションにつなげることが大事になってくるでしょう。
2つ目は、子どもの持つ知識の辺境を扱い、揺さぶりをかけることです。例えば、金色のカブトムシの話をすると、「見てみたい!」と言う子もいれば、「じゃあ銀色のカブトムシもいる?」と言う子もいます。そのような、子どもの「もっと知りたい、勉強したい」というモチベーションの源は、「調べたい、つくりたい、試したい」の3つのいずれかなんです。
だから、「金色のカブトムシがいる」と聞いた子の次のアクションは、「ほかにどんな色がいるのか調べてみたい」「配合で紫色のカブトムシがつくれるのか試してみたい」などになるわけです。それを踏まえると、子どもの問いを広げるための声掛けはシンプルで、「調べてみよう、つくってみよう、試してみよう」だと思います。
そしてコツの3つ目が、子どもの「つぶやき」を、大人が「問い」に変換してあげることです。問いに変換しやすい、ある意味良質なつぶやきは、「チームが優勝した、やったー!」とか「カブトムシが死んじゃった、悲しい」といった、テンションが最高、あるいは最低のときに出てくるつぶやきだと思います。
例えば、飼っていたカブトムシが死んで「死んじゃった、可哀想だな」とつぶやいたときに、大人が「カブトムシの病気について調べてみようか」「お墓をつくろう」「次はカブトムシがもうちょっと長生きできるように、他の方法を試してみようか」など、先述した「調べたい、つくりたい、試したい」に分解してあげれば、自然と問いが引き出せるはずです。
――一方で子どもに目を向けると、そもそも「問いを立てる」ことが難しいと感じる子もいるのではないでしょうか。
問いがすぐ出る子とそうでない子がいるのは確かで、私の感覚ですが、パッとテーマが浮かぶ子の比率は年々下がってきていると感じています。また、パッとテーマが浮かぶ子たちは、小学生くらいの間に「○○に行った、××と会った」など、さまざまなモノやコトに触れてきた体験がとても豊かだったりすることが、最近わかってきました。
つまり、ゼロから何かを生み出しているわけではなく、過去の体験が目の前の事象とひもづいたとき、あのときこうだったから今度はこうしたいといった広がりを生んでいるんです。そのため、学校教育においても、成功・失敗ではなく体験量に焦点を当てて体験を提供する必要があると考えています。
また、学校と家庭では体験の質は異なります。時代が変わっても、学校教育で給食や掃除、運動会や修学旅行などの行事を続けているのは、集団生活を通じてこそ得られる体験があるからです。
一方、家庭にも「この家族だからこその体験」が必ず存在します。だからこそ、家庭での時間も大切に過ごしてほしいと思いますが、家庭での体験について、プレッシャーに感じる保護者さんが多いのも事実です。とはいえ、それは大人が「これは体験になる」と捉えられていないだけ。例えば、大きな滑り台を滑ったり、キラキラ光る石を拾ったり。学年や学校の違う子と遊ぶことだって、貴重な異文化交流です。
――体験は、日常のなかにもたくさんあるのですね。
はい。それが貴重な体験だと捉えられないのであれば、それは、大人が同じ生活をずっと繰り返しているからだと思います。日々、同じルーティンを過ごしていたら体験に敏感になるはずがありません。
では、生活にちょっと違うルーティンを入れるためにどうすればよいのかというと、一番簡単な方法は、大人が習い事をすること。そこで違う刺激を得ることで、違う世界が広がって視野も広がる。それが、家庭における子どもの体験にそのまま影響してくるでしょう。日本は、子どもの習い事率はトップクラスなのに、大人の習い事率は低いんです。大人も習い事をしてみてはどうでしょうか。
考えることが好きな大人が増えれば、社会はもっとよくなる
――子どもの時期に問いを立てる経験を積むことは、本人や社会にとってどのような影響があるのでしょうか。
私は、グローバルティーチャー賞にノミネートしていただいて、さまざまな方と接する機会が格段に増えました。そのような機会を通じて感じるのは、世の中には考えるのが好きな人とそうでない人がいるということです。
仕事でも遊びでも、考えることで最善策を練りながら動くことができます。たとえ初めてのことでも、少しずつ前進するんです。一方、考えるのが苦手な人は、自由にしていいとなった途端に立ち止まってしまう。結局、誰かに委ねてしまうのです。
もちろん、決められたことをきちんとこなす力は大切です。自由にやるだけでは社会は成り立ちません。ただ、今の日本社会を見ると、考えることが好きな大人と苦手な大人のバランスが悪くなっていると感じます。考えることが好きな人がもっと増えたなら、日本はもっと面白くなるし、閉塞感を感じる人も減るのではないでしょうか。
――問いを立てるというのは、まさに考えることですね。ICTの使い方次第で、体験や学びに広がりが生まれそうです。
そのとおりです。まず、考えるというのは習慣に近い行為ですから、大人になる前の段階で身につけておいたほうが、費用対効果は断然高い。私の経験からいうと、第2反抗期といわれる時期(10歳〜16歳)くらいに、自分で考えて、何かをつくって、それが社会から評価される体験をするのが大事だと思います。
また、その体験を支援する内容や質も、ICTの有無によって雲泥の差になることは明白だと思います。例えば、PBLで、ある児童が問い立てした「ボタン1つで建てる家」を探究したことがありました。このような大人の想像を超えた子どもの問いにどう応えるかが重要で、もちろん私も「よし、一緒につくってみよう!」と乗っかったものの、具体的なアイデアはなく、心の中では頭を抱えている状態でした(笑)。
そこから必死になって考えを巡らせ、まずはマインクラフト上に家を建て、3Dプリンターで出力することを提案しました。3Dプリンターは校内にはないので、立命館が提携する施設にお願いして、小さなサイズですが家をつくることができました。探究はこれで終わらず、「3Dプリンターの家で、建築基準法の耐震基準をクリアしたい」という問いにまで進み、ある研究者にご協力もいただきました。
このような探究の面白さや奥深さを堪能できた経験は、これからの学びや生き方に大きな影響を与えるに違いありません。これまでの学校教育では、正解のない課題に対して精神論に頼る側面がありましたが、ICTで改善できることが増えてきました。
冒頭で紹介した英語の授業も、「恥ずかしがらずに英語を話そう」という精神論に訴えることなく、子どもたちが英語を使いたくなる状況をつくるのに、マインクラフトというツールが役立っています。
企業とのコラボレーションで学校と社会をつなげる懸け橋を築きたい
――そのように教育の現場も変わっていく中、これからの学校教育について正頭先生のお考えを聞かせてください。
文部科学省の「GIGAスクール構想」により、公立の小中学校でも児童にタブレット端末を配布するなど、教育現場にICTが普及し始めています。教師にファシリテーターの役割が求められるとお話ししましたが、同様に、学びのゴールも変わりつつあることを教師が自覚しなければなりません。具体的には、先ほども述べたように、クリエイティビティに目を向ける必要があるでしょう。
学校という閉ざされた空間で「あれをしてはいけない」「こうするべき」といった制約に慣れてしまった教師が多い一方で、多くの教師は「こんな学びの場をつくりたい」「子どもの自由な育ちを支えたい」といった志や夢を抱いて、この世界に足を踏み入れたはずです。教師の在り方や学びの在り方が変わり、創意工夫が求められる今こそ、当時の情熱を呼び覚ますいい機会ではないでしょうか。
――正頭先生は今後、どのようなことにチャレンジしたいと考えていますか。
子どもからは、学校だけでは解決できない問いがたくさん生まれます。その際に頼りになるのは、やはり学校を取り巻く社会です。私もこれまで50以上の企業や研究者に相談をしてきましたが、ありがたいことに、1度も断られたことはありません。「声だけで病気を診断できないか」「宇宙で植物を育てるには」といった問いを面白がり、歓迎してくれました。
また、教育をよりよくしていこう、変えていこうとすると、教育業界の中からのアプローチだけでは難しく、外からのアプローチが必要になります。その視点からみると、企業のリソースはとても魅力的ですが、教育現場にはなかなかおりてきません。間に入る人がいないんです。
であれば、私自身がやろうと。学校教育と企業の懸け橋となり、企業とコラボレーションした教育コンテンツを全国の学校に届けるエデュテイメント事業を手掛けるため、2022年に会社を立ち上げました。既に、ゲーム会社や航空会社・金融会社など複数の企業と協業して開発を進めているところです。
将来的には、子どもの研究テーマと、社会で活躍する「考える大人」をマッチングするプラットフォームもつくりたいですね。ICT教育やPBLがより重視されていくこれからの学校教育において、私のような活動が、子どもにとっての学びや楽しい出合いにつながることを期待して、これからも「考える大人」でいたいと思います。
編集後記
「日本の教育は弱点の克服をしようとするが、それで社会を変えた人を見たことがない。生きていくために、自分の弱点を愛し、それを他人に開示できる人を育てたい」と話されていたことが印象的。幼い子どもを、“考えることが好きな大人”へと成長させるために、とても参考になるインタビューだと思いました。
教育は、子どもと先生だけで完結するものではありません。子どもたちのためにも自分自身が多くの体験や学びを日々積み重ねていくことが大切です。正頭先生の「大人にこそ習い事が必要!」 ということばは響きました。
今後は、地域や企業も含めてさまざまな専門性を持つ人たちが教育へ積極的に関わり、同時に子どもたちからさまざまな視点や発想を学ぶことが可能になるでしょう。ICTを活用してゴール設定そのものを変えることは、ビジネスシーンでも重要。効率化だけでなく新たな価値創出に向けてどんな発想ができるか、教育現場から学べることは多そうです。
コメントピックアップ
飼っていたカブトムシが死んでしまった悲しみを、創造的な一言で前向きな感情に転換するお話に、感動して不覚にも涙ぐんでしまいました。もしかすると、創造性は人間にとって万能薬であり、子どものうちから身につけておくと、悲しみや辛さを克服する力を高められるかもしれないですね。
“考えることが好きな大人”ということばが、心に刺さります。 “考えること”よりも“よい答えを出すこと”をしている自分に気づかされ、日々の仕事に思いを巡らせました。
考えることは好きで、もっと好きなのが「なんで今まで気づかなかったかなー!」みたいな気づきが訪れる瞬間です。正頭先生が言われるように、それが起きるのはルーティン以外のことをやっているときですね。
関連リンク
きざしを捉える
「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。
さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。